46人が本棚に入れています
本棚に追加
電車が一駅走る間、高槻はぺらぺらとしゃべり続けた。
私が熱心に画面に見入っているのに気をよくしているみたいだった。実際、私が何をしているかに気づいたのは別れ際。『応募完了』と表示された端末を、ひょいっと高槻に返したときだった。
「……は? 応募完了?」
「そ、応募完了」
「誰が? まさか俺? やめろよ、これ女性限定求人なんだって! ないからな、俺には! 女装の趣味とか!」
「高槻じゃないよ」
「え?」
この瞬間を、ずっと待っていた気がする。
「その求人にエントリーしたのは、私」
私はドヤ顔でそう言った。しゃらくさい人材派遣会社のCMみたいだな、と少し気恥ずかしかった。
葛城陽菜。
宝永義塾大学大学院、法学研究科中退。
海外在住時に動画サイトに投稿した美麗で退廃的なMVでブレイクした謎の日本人アーティスト。新進気鋭の期待の映像監督。
来年公開予定の長編映画で初のメガフォンをとる。
私の、死んだお姉ちゃんの、かつての恋人――私から、四条夏雨を奪った憎い女。
◆◆◆
四条夏雨は、私の姉で、特別な人だった。
四条夏雨は、心臓に病を持っていた。その病の深さの分だけ、優しい人だった。
四条夏雨は、賢しい人だった。語る言葉には哲学があった。
四条夏雨には、未来があった。
最初のコメントを投稿しよう!