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綾人さんはカバンから資料のようなものを取り出すと、パラッと一枚めくった。
「こちらも、貴女のことを調べました。貴女が過去に生活していた児童養護施設の所長は、強制わいせつの罪で逮捕されていますね。施設内の幼い女児に対してかなり卑劣な行為を繰り返していた、最低の人間。警察に証拠が提出され罪が明らかになったそうですが、誰がその証拠を集め警察に提出したのかは未だ不明だと。その男は一年ほど前に出所済みですが、今は行方知れずだそうです」
「興信所にでも頼んだの?随分詳しいのね」
「それだけではありません。貴女が十五歳の頃に養子縁組をした伊藤家は数年前詐欺に遭い、多額の借金を背負った。経営していた会社は倒産し、裕福だった以前とは真逆の生活をしているそうですね。そして貴女はその直前に、養子縁組解消の申立てを起こし受理されている。つまり貴女は現在はもう、伊藤ではない」
綾人さんはいつのまに、これだけのことを調べたんだろう。
そういえば一条さんの時も、私の知らないところで彼女に「彼女のことを調べて脅すような真似をしてしまった」と言っていたような気がする。
私が具体的な行動を起こせない分、綾人さんはいつも冷静に論理的に行動を起こしてくれる。
本来なら私がやるべきことなのにという申し訳なさが込み上げてくると同時に、この事実が指し示す本当のところは何なのだろうと、考えを巡らせた。
「全て、伊原さんのおっしゃる通りです。ですが」
伊藤さんは、至って冷静だった。だけど先程のような余裕のある表情ではなくなっていた。
「だから、何ですか?あの男が逮捕されたことも、伊藤の家が落ちぶれたことも、私と直接関係があるわけではないですよね?」
「本当にそう、言いきれますか?」
「何か証拠でも?」
「ありません。ですがそんなものはなくても、貴女が一番よく分かっていると思います。どうして、こうなったのか。全てが偶然だと、本当に言えるのか」
「…嫌な人」
伊藤さんは不愉快そうに、顔を歪めた。
「こんな人といると、梅子さんに悪影響だわ」
「それはお互い様ではないですか?」
「無害そうな顔をして、腹の中は随分黒いのね」
「それもお互い様ですね」
「まぁいいわ。私はもう、伝えたいことは伝えたから」
「あ、あのっ」
二人のやり取りに口を挟めず、傍観してしまっていた。
私が当事者なのに、綾人さんに嫌な役をやらせてばかりだ。
それに、綾人さんの調べた内容もとても気になった。
「何か、あったのですか?施設や、養子先の家で」
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