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伊藤さんは私と会う度に、いつも似たようなことを言っていた。
ーー施設の人達も新しい両親も、表面上はとてもいい人。だけど中身なんて、ゴミ以下よ
ーー私達は境遇は違えど同じ、地獄のような世界を見てきたんだから
ーー親にも周りにも恵まれなかった私達には、もうお互いしかいないの
ずっと、そうだった。
私達の両親だけが特別ではない、表に出すか出さないか。ただ、それだけだと。
私と対峙する時はいつも、穏やかで余裕のある態度だった。自分がしたことを悪びれもせず、追求されても顔色ひとつ変えることなく全てを認めていた。
だけどこんな風に、周囲を否定する瞬間だけは。
彼女の瞳の奥に何かが見え隠れしているような気がして。
こんなこと本当は思いたくないけれど。
私には、分かるから。
辛い気持ちを素直に感じることすらできない、辛いという感情のその先が。
心を表に出さない、出せない、その本当の意味が。
「何かが、あったんですよね?きっと、辛いこと」
「…」
「一体何が」
「それを聞いてどうするつもり?同情でもしてくれるの?」
私のことを、蔑むような瞳。私なら信用できる気がする、だから一緒に暮らそうと言っていたはずなのに、目の前の彼女から漂う雰囲気は真逆だった。
この人は、誰のことも信用していない。これから先もきっと、信用するつもりもないんだ。
「私は貴女に同情しているわ。何度も言っているでしょう?」
「要りません、そんなこと。私はただ」
「そんな目で見るのはやめて!」
初めて聞いた、伊藤さんの荒い声。一瞬ビクリと身構えてしまったけれど、不思議とこんな風にも思った。
いつもの何かを含んだような雰囲気の方がずっと不気味だ、と。
彼女の感情に、ほんの少しだけ触れた気がした。
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