第十九章「決別か、和解か」

1/13
前へ
/239ページ
次へ

第十九章「決別か、和解か」

結局伊藤さんは、私の言葉を軽くあしらって取り合ってくれないまま。 「忘れないで、私達は家族よ」 そう口にして、帰っていった。 「あの子、雰囲気が姉さんにそっくりだわ」 見送りの後、栞おばさんが感慨深そうにそう言った。 「栞おばさん」 「なぁに?」 「栞おばさんは、私の母親を恨んでいますか?今でも、嫌いですか?」 私の質問に一瞬驚いた顔をして、それからすぐ昔に思いを馳せるようにどこか遠くに視線を移した。 「そうねぇ。確かに私は姉さんが大嫌いだった。立ち回りが上手くていつも私が悪者にされたし、私に酷いことをしても謝ることすらしなかった。姉さんが連れてくる男の人達だって、いつもろくでもないのばっかりだったしね」 「…」 「でも、不思議なものよね。たまに思い出すのはいつも、私達がうんと小さな頃の楽しかった思い出ばかりなの。昔の、姉さんが大好きだった頃の私なのよ」 「栞おばさん…」 「でも許せないところがあるのは事実だし、梅ちゃんにしたことなんて特に。だけど正直に言っちゃうと、分からないっていうのが正解かしら。恨んでいるし、恨んでもいない。それにそんなことより、優一さんや善や梅ちゃんと過ごす今や未来の方が私には大切なの。曖昧な答えでごめんね梅ちゃん」 「そんなことありません」 なんとなく、栞おばさんの気持ちが分かる気がする。 恨んでいるけれど、恨んでもいない。 「私も、誰かを心底恨みながら生きていくのは嫌です。もう、怯えながら生きていくのも嫌。どうしようもないことよりも、これから先のことを考えたいです」 「梅ちゃんは、強くて優しい子だから。きっと大丈夫よ」 「ありがとうございます、栞おばさん」 栞おばさんは、私の手を優しく握ってくれて。私もその温かくて柔らかな手を、しっかりと握り返した。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1243人が本棚に入れています
本棚に追加