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第十九章「決別か、和解か」
結局伊藤さんは、私の言葉を軽くあしらって取り合ってくれないまま。
「忘れないで、私達は家族よ」
そう口にして、帰っていった。
「あの子、雰囲気が姉さんにそっくりだわ」
見送りの後、栞おばさんが感慨深そうにそう言った。
「栞おばさん」
「なぁに?」
「栞おばさんは、私の母親を恨んでいますか?今でも、嫌いですか?」
私の質問に一瞬驚いた顔をして、それからすぐ昔に思いを馳せるようにどこか遠くに視線を移した。
「そうねぇ。確かに私は姉さんが大嫌いだった。立ち回りが上手くていつも私が悪者にされたし、私に酷いことをしても謝ることすらしなかった。姉さんが連れてくる男の人達だって、いつもろくでもないのばっかりだったしね」
「…」
「でも、不思議なものよね。たまに思い出すのはいつも、私達がうんと小さな頃の楽しかった思い出ばかりなの。昔の、姉さんが大好きだった頃の私なのよ」
「栞おばさん…」
「でも許せないところがあるのは事実だし、梅ちゃんにしたことなんて特に。だけど正直に言っちゃうと、分からないっていうのが正解かしら。恨んでいるし、恨んでもいない。それにそんなことより、優一さんや善や梅ちゃんと過ごす今や未来の方が私には大切なの。曖昧な答えでごめんね梅ちゃん」
「そんなことありません」
なんとなく、栞おばさんの気持ちが分かる気がする。
恨んでいるけれど、恨んでもいない。
「私も、誰かを心底恨みながら生きていくのは嫌です。もう、怯えながら生きていくのも嫌。どうしようもないことよりも、これから先のことを考えたいです」
「梅ちゃんは、強くて優しい子だから。きっと大丈夫よ」
「ありがとうございます、栞おばさん」
栞おばさんは、私の手を優しく握ってくれて。私もその温かくて柔らかな手を、しっかりと握り返した。
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