第十九章「決別か、和解か」

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「すいません、お待たせしました」 部屋に戻り、綾人さんに謝罪する。 「ううん、大丈夫」 綾人さんは私を気遣うような優しい口調で軽く首を横に振った。 「栞おばさんと少し話をしたんです。伊藤さんは私の母親にそっくりだったと言っていました」 「そっか。栞おばさんも複雑だろうね。梅ちゃん以外にも姪がいたなんて知って」 「そう、ですよね。でも栞おばさんは、本当に素敵な人だと改めて思いました。私、栞おばさんに私の母親を恨んではいないのかと聞いたんです。そしたら、どちらでもあるしどちらでもないと。それよりも、今を大切にしたいって」 「うん。俺も、ホントにいい人だと思う」 私の話を熱心に聞いて、綾人さんはしっかりとした仕草で頷いた。 「あの、綾人さん」 「ん?」 綾人さんは、今日はもう職場には戻らなくても大丈夫だから気にしなくてもいいとさっき私に言ってくれた。だから、話そうと。 「今日は本当に、ありがとうございました」 「俺は何もしてないよ」 私はブンブンと、思いきり首を横に振る。 「かけつけてくれたこともそうですけど、綾人さんが隣にいてくれてどれだけ心強かったか」 「役立てたならよかった」 綾人さんはそう言って柔らかく笑った後、不意に表情を曇らせた。 「あのさ、梅ちゃん」 「はい」 「ごめんね、勝手なことして」 「え?」 「俺前に伊藤さんのこと調べてみるねとは言ったけど、実際に実行に移したことまでは言ってなかったから」 「そんな…綾人さんが謝ることなんて何もありません」 「一条さんの時もそうだったけど、結構勝手なことしてるなと思って。梅ちゃんが俺に相談してくれなかったことを責めたりしたのに、俺だって同じようなことしてる」 「違います!綾人さんは、私のことを考えてそうしてくれてるから。私は、綾人さんに嫌われたくないという自分の都合だったんです。綾人さんの理由とは、全く違います」 綾人さんが言わなかったのは、私の心情を案じてくれたからだ。 「伊藤さんは、私の姉です。綾人さんは、それを考えてくれたんですよね?」 俯きがちに話す彼の顔を、少しだけ覗き込む。 眉を下げた悲しげな表情に、心が痛んだ。 「綾人さん。私のために、ありがとうございます」 「梅ちゃん…」 「私ももっと、しっかりしないといけませんね」 綾人さんは顔を上げて、私の手を強く握った。 「梅ちゃんは強くなってる。さっき伊藤さんに向かってた梅ちゃんは、ホントにかっこよかった」 「かっこいい…」 そんなこと、初めて言われた。何となく恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを感じた。 「かっこよかったよ、梅ちゃん」 「…えへへ」 思わず、頬が緩む。 なぜか綾人さんが、慌てた様子で握っていた私の手を離した。
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