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綾人さんは軽くコホンと咳払いをした。
「梅ちゃんは、俺の話を聞いてどう思った?」
「正直に言うと、よく分かりません」
「まぁ、俺も確かなことを掴んでるわけじゃないから、半分は彼女の反応を見るためって意味もあったんだ。伊藤さんが引き取られた直後に施設の所長が逮捕されたことも、伊藤の家が多額の借金を背負ったことも、そのタイミングで伊藤さんが養子縁組解消申し立てをしたことも。全てが偶然っていう可能性も、ゼロではないから」
「…そうですね。伊藤さんとの関わりを示す証拠なんて、どう探したらいいのか分かりませんし」
それに万が一そんな証拠をつかんだとして、どうしたいのかもまだ分からない。
「ただ、伊藤家はかなり際どい商売で成り立ってたみたいではあるんだよね。それこそ、誰かに恨みを買ってもおかしくないような」
「伊藤さんが暮らしていた環境はどこも、かなり酷い場所だったということなんですね」
「そうだね。前の所長の逮捕理由だって相当最低だったし、考えたくはないけどどっちの場所でも彼女が無事だったかどうかは分からない」
「…伊藤さん、いつもしきりに口にしていたんです。私と貴女は地獄のような場所にいたから分かり合えるって」
「…そっか」
神妙な面持ちでそう言うと、綾人さんは再び私の手に自分のそれを重ねた。
「でも俺は、梅ちゃんが一番大切だから。伊藤さんが辛い思いをしながら生きてきたんだとしても、梅ちゃんにしたことは許せないし同情もできない」
「綾人さん…」
「冷たいって、幻滅する?仮にも彼女は、梅ちゃんの姉なのに」
その瞬間、私は綾人さんの手を強く握り返した。
「もし伊藤さんが綾人さんに酷いことをしたら、私は彼女を絶対に許せないと思います。自分が傷付けられるよりも、自分の大切な人を傷付けられることの方がずっと辛いです」
「梅ちゃん」
「それに私は、何があっても綾人さんに幻滅なんてしません。綾人さんが、私にそう言ってくれたみたいに」
「…ありがとう」
綾人さんは、ふんわりと優しく私を抱き締めた。
「大好きだよ、梅ちゃん」
「私も、綾人さんのことが…好きです」
「俺が絶対、守るから」
私は彼の肩口に、そっと頬を寄せた。
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