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時刻は、夕方に近い。二人でスーパーに寄り食材を購入してから、綾人さんの部屋へと向かった。
「…ごめん、いつも以上に散らかってて」
玄関に入るなり、綾人さんは慌てて革靴を脱ぐと床に散らばった洋服を拾い始めた。
「最近ちょっと忙しくてさ、って言い訳かハハ…」
綾人さんの部屋はいつも、意外と散らかっている。私はそれを特に何とも思ったことはなかったけれど、もしかしたら綾人さんは気にしていたのだろうか。
最近たまに、綾人さんの弱気な一面を見ることがある。彼はそれを「情けない」と言っていたけれど、私にとってはとても嬉しいだった。
いつも優しくて穏やかで完璧に見える綾人さんの、そうではない部分。
それに気がつくのが私だけならいいと、そんな独占欲のような気持ちを感じて、自分でも驚いた。
「お邪魔します」
自分の靴と、綾人さんが慌てて脱いだ革靴を揃えて隅に並べた。
綾人さんと同じように、私もしゃがみ込んで床に落ちているタオルを拾った。
「手伝います」
「い、いいよそんな」
「迷惑、ですか?」
伺うように視線を向ければ、綾人さんはサッと口元に手を当てて。
「そ、そんなわけないよ。嬉しいけど、申し訳ないだけ」
「私がしたいんです」
「じ、じゃあお願いします」
「フフッ、分かりました」
焦ったり戸惑ったりしている綾人さんは、可愛い。いつもの綾人さんももちろん素敵だけれど、こういう一面を見る度に好きだという気持ちが増していく気がした。
「あー美味しい…」
私の作ったハンバーグを一口頬張って、綾人さんがしみじみとそう言った。
「お口に合ってよかったです」
「梅ちゃんの料理がお口に合わなかったことなんかないよ」
「フフッ、そうなんですね」
綾人さんは昔から、こうやって何でもおいしいおいしいと食べてくれた。
やっぱり、率直にそう言ってもらえるのは嬉しいことだ。
「最近特に忙しくてロクなもの食べてなかったし、特に沁みる」
「お仕事、大変なんですね」
「一級建築士の受験資格取るためには、とにかく実務経験積むしかないからね。ハウスメーカーに勤めてる以上、それ以外にもイベントとかあれば部門違っても手伝わないわけにはいかないし」
「私には分からない世界だけれど、とにかく勉強しなければならないということなんですね」
「そうそう。でも、実際に施工場面見たり設計図案に携わったりするの、やっぱり楽しいからさ」
綾人さんの表情は、キラキラと輝いていて。でもその中にほんのりと疲れのようなものが滲んでいるような気もして、何とも言えない気持ちになった。
私にできることは、何かないだろうか。
どんな形でもいい、彼の力になりたい。
そう思った瞬間なぜか、いつか綾人さんが口にしたセリフが脳内に蘇った。
ーー俺と、結婚してください
「っ」
思わず、箸を床に落とした。
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