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「大丈夫?」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
小さなダイニングテーブルの正面に座っている私達の、ちょうど真ん中に落ちたそれ。
拾うタイミングが重なり、私達はお互いの頭に頭をぶつけた。
「いっ」
「ごめん梅ちゃん」
「私こそっ」
顔を上げるタイミングも一緒で、綾人さんの顔が本当に目の前。あとほんの少し近付けば、頬が触れ合ってしまいそうなほど。
「…」
「…っ」
声が、出せない。体も動かない。ただ私達は黙って、視線を絡ませ合う。
「梅ちゃん」
「あ、あの私」
直前まで考えていたことが、また頭に浮かんでくる。それもあって、いつもの何倍も恥ずかしかった。
「キス…してもいいかな」
「っ」
「ダメ、かな」
「…」
返事の代わりに、ギュッと目を瞑る。心臓が痛いほど早鐘を打って、体中が熱い。
だけど、嫌だなんて思わないから。
綾人さんの唇が、私のそれに優しく触れる。たった数秒が、とても長く感じられた。
それなのに、その温もりが離れた瞬間寂しいと思ってしまうなんて。
とても、恥ずかしい。
「あ、あの」
「何か照れるね」
私のすぐ側で、ほんのり耳元を赤くした綾人さんが笑う。その表情に、胸が締め付けられた。
何かが、溢れてくる。
「結婚…」
「え?」
「…あっ」
しまったと、思った。
気付けば、口に出していた言葉。
もう、今更しまうことはできない。
驚いたように目を見開く綾人さんを見て、今度はサーッと血の気が引いていくのが分かった。
顔は燃えるように熱いままなのに。
「ち、違うんです私っ」
「梅ちゃん」
「ごめんなさいあの」
「梅ちゃん」
「あの」
「大丈夫だから、落ち着いて。ね?」
優しく包み込まれた手。不思議と、昂った気持ちの波が引いていく。
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