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「ハンバーグ、冷めちゃったね。少し温め直そうか」
「前にもこんなことがあったような気がします」
「そういえば、そうだね」
「フフッ」
お互い照れを隠すように、顔を見合わせて笑った。
それからまた食事を再開して、私は改めて綾人さんに会社で起こった出来事を話した。
電話やメッセージのやり取りはしていたけれど、綾人さんの仕事が忙しくて誕生日の遠出以降、中々ゆっくりと過ごす時間がない。
綾人さんはそのことについて何度も申し訳なさそうに謝るけれど、私は綾人さんの体の方が心配だった。
私が辛い時や悩んだ時、綾人さんはいつも駆けつけてくれるのに。私は彼に、何も返せていない。
そう思うと、気分が沈むけれど。だからって落ち込むだけでは、何も前に進まない。
もっと、強くならなければ。綾人さんが気兼ねなく私に寄りかかれるように。
まず、目の前のことを解決しよう。
伊藤さんとの、決着をつけなければ。
「そっか。梅ちゃんの側には、いい人もいっぱいいるんだね」
「はい。私は本当に、恵まれていると思います」
「梅ちゃんの力もあると思うよ」
「私の力?」
「素敵な人には、素敵な人が寄ってくるって」
「…あはは」
「あ、信じてないでしょ?俺本気で言ってるからね?」
プクッとむくれる綾人さんは、とても可愛らしい。
「少し違うけれど、似たようなことなら私も思いました」
「どんなこと?」
「視線を上げると、今まで見えなかったものが見えると言うことです。そして私が少しずつ変われば、それを受け止めてくれる人もいるということも」
「うん、そうだね」
「私なんてと怯えていた頃よりもずっと、景色がキラキラと輝いて見えます」
「凄くいいことだね」
「確かに、まだ怖いと思う気持ちはあります。だけど前よりも、昔を思い出す回数が減ったんです」
フラッシュバックと、言うんだろうか。過去に意識が引っ張られて、ボーッとしてしまうことがよくあったけれど。
いつの頃からか、それがとても少なくなった。
多分、逃げずに向き合おうと決めた時から。
その勇気をくれたのは、私の大切な人達。
もちろん、綾人さんも。
彼が私を好きだと、心から伝えてくれたあの瞬間。
私の世界は、色を付けた。
「忘れられる日は、もしかしたら来ないかもしれない。だけどそれに縛られることなく、私は私として生きていきたいです」
「梅ちゃんなら、絶対できるよ」
「綾人さんが側にいてくれるなら私は大丈夫です」
「…」
「あ、わ、私っ」
重たいセリフだったかもしれないと、慌てる。
綾人さんは口元を手で押さえて、上目遣いに私にチラリと視線を向けた。
「梅ちゃん、不意打ちするからなぁ」
「えっ」
「可愛くて困るんだよ」
「っ」
照れている様子の綾人さんを見て、私の顔にも熱が集まるのを感じた。
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