第十九章「決別か、和解か」

11/13
前へ
/239ページ
次へ
その話を聞いた後、私達は伊藤さんの実家へ足を向けた。綾人さんが以前興信所に頼んだ際に調べてもらっていたという、小さなアパート。 報告書によれば、伊藤さんが引き取られた時はかなりの豪邸だったらしい。投資事業に失敗して多額の借金を背負った後、ここに越してきたと。 現在父親は行方が分からず、母親と息子だけ。息子は父親の会社に勤めていたため、会社の倒産とともに職を失った。 ーーあの子について、話すことは何もない ーーあの子のせいで、何もかも壊された 取りつく島もなかった。伊藤さんの養母にあたる女性は、私達が彼女の名前を出した途端に血相を変えた。 それだけでも驚いたけれど、更に印象的だったのはそこにいた男性は逆に私達に詰め寄ってきたというところだ。 無精髭を生やした小太りの男性、伊藤さんの戸籍上のお兄さんだろう。今は養子縁組を解消しているから、兄人という表現が正しいのかもしれないけれど。 ーー菫はどうしてる?菫は元気なのか?菫は 終始、伊藤さんのことを気にかけていて。そんな男性を、母親が半ば怒鳴りつけるように諌めていた。 「どう思った?梅ちゃん」 手近な定食屋で少し早めの昼食を摂りながら、綾人さんが私に問いかけた。 「考えたくはないですけれど、やっぱり施設で伊藤さんの身に何かがあったのかもしれない…と。もちろん断定はできませんが」 「うん、そうだね」 「あの女性は、伊藤さんは施設の人達のことが大好きだったと言っていました。そんな場所で悲しい出来事が起こったのなら、本当に辛かったと思います」 「前も言ったけど、仮にそうだとしても俺は彼女に同情はできないかな。酷いかもしれないけど」 「伊藤さんの養母さんの様子を見ると、あの家でも彼女が幸せに暮らせていたようには見えません」 「あの兄にあたる人の態度もやけに気になるな。ただ心配してるだけっていう感じには、ちょっと見えなかった」 「あの」 「ん?」 「私、ひとつ気になることがあるんです」 「何?」 「あの職員の女性が、最初に口にしたセリフです。伊藤さんのことをと呼んでいました」 「確かにそうだね。伊藤は、養子先の名字だから」 「では養子縁組を解消した彼女は今、倉持菫だということなのでしょうか」 「そう、なるのかな。その辺りの戸籍の仕組みは俺も詳しくはないけど」 「私、少しだけインターネットで検索したんです。捨てられた子供は、主に育った施設の地名や施設の所長の名字を付けられることが多いって。だけどあの人は、倉持と呼んでいた」 「ということはつまり」 「私の母は、名乗ったということです」 綾人さんが、深く考え込むような仕草をした。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1244人が本棚に入れています
本棚に追加