第十九章「決別か、和解か」

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伊藤さんは私に、産まれてすぐに母親に捨てられたと言った。 その言葉を聞いて私は、母が伊藤さんを施設前に放置したか病院に捨て置いたか、そういう行為をしたんだとばかり思っていたけれど。 どういう形で捨てたか、その詳細は分からないけれど。 少なくともあの人は、自分の名前を明かした上で伊藤さんを手放したということだ。 ずっと、引っかかっていた。 伊藤さんが、なぜあんなにもに拘っていたのかを。 自らの出生について調べていくうちに、倉持に辿り着いたのではなかった。 最初から、自分は「倉持」だと知っていたんだ。 「菫」という可愛らしい名前を、あの人がつけたとはあまり思えないけれど。 「梅ちゃん」 「はい」 「これは俺の勝手な推測だけど。もしかしたら伊藤さんは、倉持に期待してたのかも」 「期待、ですか?」 「いや、自分を捨てた親だから普通は恨んでもおかしくはないかもしれないけど。もし、彼女の置かれている環境が好ましくないものだとするなら…」 そこから抜け出せる、希望。 「伊藤さんが、梅ちゃん達のことをいつの時期に調べたのかは分からない。梅ちゃんの環境を知った時期も」 「伊藤さんは、何度も言っていました。私と貴女は、同じだと」 酷い虐待を受けていた私と、同じ。 そんなセリフが出てくるということはやっぱり… 「きっと、梅ちゃんと自分を重ねたんだと思う。捨てられても捨てられなくても、不遇な環境に置かれたたった一人の姉妹だから」 「私と、重ねた…」 綾人さんの推測は、全く外れているわけではないだろうと思った。 だけどそれなら。 「なぜ、私にあんなことをしたのでしょうか」 「これも、ただの推測だけど…多分、嫌だと思ったんじゃないかな」 「何をですか?」 「梅ちゃんの環境だけが、変わっていくことが。梅ちゃんが、強くなろうとすることが」
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