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伊藤さんから投げられた言葉の一つ一つを、ゆっくりと思い出す。
伊藤さんは、母親に捨てられなかった私を恨んでいるわけではなく、そのための嫌がらせでもなかった。
彼女の言葉に、嘘はなかったんだ。
「…私には、今の彼女が幸せそうには見えません」
「そこにも、原因があるのかもしれないね。今の梅ちゃんを、繋ぎ止めたくなる」
「なんとなく、分かったような気がします。だけどその為に誰かを貶めるようなことをするなんて、理解はできません」
「確かにそうだけど、多分そういう気持ちを持ってる人って彼女だけじゃないと思う」
「そういう気持ち?」
「自分が幸せじゃないと、他の人の幸せも見たくなくなる。きっと彼女は梅ちゃんに自分を重ねてた部分もあるだろうから、尚更」
「…」
やっぱり、彼女の気持ちを私は理解できない。
私だって誰かを羨ましく思う気持ちが全くなかったといわれれば、それはうそになるけれど。
その日一日を生きていくことに精一杯で、他人にまで気を回す余裕はなかった。
それに、不幸だからといって別の誰かの幸せを壊しても、自分が幸せになれるわけでもないのに。
「彼女にとっては、梅ちゃんが希望だったのかもしれない」
「ようやく理解しました。彼女がほしかったのは、不幸な妹だったのだと」
「梅ちゃん…」
私がショックを受けていると感じたのか、綾人さんが心配そうに瞳を揺らす。
私は否定の意味を込めて小さく首を左右に振った。
「本当のところはまだ分からないけれど、何だかとても腑に落ちました。彼女の態度はどう見たって、生き別れた家族にただ純粋に会いたかったというものではなかったから」
「…そっか。分かった」
綾人さんは私の心情を察したように、穏やかな表情を浮かべた。
「綾人さん、今日は本当にありがとうございました。これからお仕事ですよね?ごめんなさい」
「それは気にしなくても大丈夫。かなり憶測も含まれてるけど、彼女のことを知れたのはよかったね」
「綾人さんのおかげです。本当に」
「これからどうするか、ゆっくり考えて。何かあったら…いや何もなくても、いつでも頼って」
「はい」
分かり合えるかどうかは、分からないけれど。
それでも私は、彼女と話がしたいと思った。
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