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第二十章「姉と妹」
ーー
「面白い顔。これから戦いにでも行くみたい」
伊藤さんと会う時に使う、いつものカフェ。平日の午後七時前は、意外と人が多かった。
「まぁ、貴女にとってはそうなのかしら?これから私と、たたかうの?」
「私は、話がしたいだけです」
膝の上に置いたショルダーバッグを、ギュッと握り締める。この中には、あるものが入っていた。
これを見せて、事態がどう転ぶのかは分からない。もしかしたら逆上されるかもしれないし、大した反応もないかもしれない。
だけど、私の中にはなぜか確信に近いような気持ちがあった。
これはきっと、伊藤さんにとってどうでもいいものではないと。
よくも、悪くも。
「私と一緒じゃない。私だっていつも言っているでしょう?貴女ともっと、話がしたいって」
伊藤さんは今日も、頭のてっぺんら足の先まで完璧だった。丁寧に施されたメイクも、ツヤツヤとした綺麗な指先も、雑誌そのままのような服装も、何から何まで私とは違う。
道行く人が私達を見れば、ほとんどの人が思うだろう。
幸せな生活を送っているのは、伊藤さんの方だと。
だけどきっと、本当は違う。もしも彼女が今幸せならば、私になんて会いには来ない。
徹底的に調べ上げ、外堀からジワジワと追い詰めていく、こんな面倒なことに時間を割いたりはしない。
彼女が私に執着する理由が、私と綾人さんが想像した通りならば。
今日、ここできちんと、決着をつけなければ。
「伊藤さんの言葉と私の言葉では、意味が違います。私は、本音で話がしたいんです」
「私、嘘なんて言っていないわ」
「だけど、本当のことも言っていませんよね?」
私が食い下がると、伊藤さんはやれやれとでも言いたげに溜息を一つ吐いた。
「梅子さん、井原さんに毒されてるわよ。初めて出会った時の貴女の方がずっとよかったわ」
「そんな言い方はやめてください。綾人さんは、私の大切な人です」
「その大切な伊原さんが、いつまでも貴女に構うと思うのかしら」
「どういう意味でしょうか」
「分かってるでしょう?貴女は普通じゃない。遊び相手にもならないし、結婚相手にもならない。面倒極まりない事情を抱えた梅子さんを、わざわざ選ぶと思うの?貴女より優れた女性なんて幾らでもいるわ。伊原さんなら、黙っていたって向こうから寄ってくるわよ」
「…確かに、そうですね。綾人さんに相応しい女性は、きっと私ではない」
「分かってるなら、早い話じゃない。梅子さんが傷付く前に、私のところに来ればいい」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる伊藤さんを、私はできうる限りの毅然とした態度で見つめた。
もう、負けたりしない。
どんなに怖くても、私はもう一人ではないから。
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