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「これって…」
「この家の鍵。大家さんに許可貰って作ったんだ」
俯いていた顔を上げる。今までに見たことがないほど、綾人さんの頬は赤く色付いていた。
「この前、梅ちゃんずっと外で待ってたでしょ?あの時思ったんだ、鍵があればいつでも中で待っててもらえるのにって」
「あ、あれは私が勝手に」
「それだけじゃないんだ。俺が、思ってるだけ。もっと梅ちゃんに、近い存在になりたいって」
「綾人さん…」
「自分がこんなに小心者だって初めて知ったよ。渡した時の梅ちゃんの反応気にして、今日ずっとそのことばっかり考えてた」
「あ…」
「嫌な思いさせて、ごめんね」
綾人さんはいつも余裕があって優しくて気遣いのできる、完璧な人。
そんなはず、ないのに。
完璧な人なんて、どこにもいない。
私と同じように綾人さんだって悩むし、相手からどう思われるかも気になるんだ。
そしてその相手が私であるということが、こんなにも嬉しいなんて。
「ありがとうございます、綾人さん」
手の平に乗せた鍵を、胸元でギュッと握り締める。
「本当に、嬉しいです」
綾人さんのテリトリーに、私を招いてくれることも。
この鍵を渡すことに、緊張して悩んでくれたことも。
今こうやって目の前で、初めての表情を見せてくれることも。
全てが特別で、愛おしい。
顔を綻ばせた私を、綾人さんが優しく抱き締める。私はとても自然に、彼の肩に頬を寄せた。
「俺、今日そんなに変だった?」
「はい、変でした」
「ハハッ、そっか」
安堵したような笑い声が、耳元でくすぐったい。
「でも我ながらおかしいよね。付き合ってもない時に結婚しようなんて言ったくせに、鍵一つ渡すのにこんな緊張するなんて」
「嬉しいです、私は」
「カッコ悪いなぁ」
「どんな綾人さんも好きです」
「俺も」
綾人さんが、少しだけ体を離す。それがキスの合図だと分かるのは、もう何度も交わしているから。
触れ合う綾人さんの唇は、なんだかいつもよりも熱く感じた。
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