第二十一章「綾人、頑張る」

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テレビの前に置いてある二人掛けのソファーに、私達は身を寄せ合って座る。 「今朝遅れたのは、鍵を取りにいってたからなんだ」 「そうだったんですね」 「今日、ホントにごめんね。久々に、一日ゆっくりデートできる日だったのに」 「謝らないでください。私は楽しかったです」 「自分では変だって、全然気付かなかった」 「フフッ」 「あ、笑った」 拗ねたように言った後、綾人さんも笑いながら私に軽く頭をコツンとぶつけた。 「嬉しかったなぁさっきの」 「さっきの?」 「初めて、梅ちゃんが怒ってた」 「あれは別に怒ったわけでは」 「でも嬉しかった…ってダメだよね。悲しませたこと喜んじゃ」 「ダメと言うよりも、よく分かりません」 「これからもずっと側で、色んな梅ちゃんを見せてね。できれば、俺だけに」 「も、もう。恥ずかしいです」 「可愛い」 いつもよりも甘ったるい声で、それに距離もとても近くてくすぐったい。 「梅ちゃん」 「は、はい」 「キス、してもいい?」 「はい」 どうして、急に聞くんだろう。 少し疑問に思いながら、ゆっくりと目を閉じる。柔らかな感触が、唇に触れた。 何度キスしても、胸が苦しくなるほどドキドキしてしまう。 恥ずかしいけれど、綾人さんをとても近くに感じられて、嬉しい。 「ん…っ」 少しずつ少しずつ感じる、いつもとは違う感触に思わず鼻先から声が漏れた。 息が、苦しい。 ただ、唇を触れ合わせるだけではなく、そのもっと奥深くまで。 今まで知らなかった彼と、触れ合っているような。 私も知らない私を、暴かれているような。 死にそうなほど恥ずかしくて、だけどやめたくない。 「はぁ…っ」 お互いの息遣いが、混じり合う。 「大好きだよ、梅ちゃん」 幸せそうにはにかむこの人を、心から愛しいと思う。
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