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「…ちゃん…め…ゃん……梅ちゃん!」
少しだけ大きな声で呼ばれて、ハッと我にかえる。
「梅ちゃん、これも食べる?」
目の前には、ホカホカと湯気を立てる玉子焼き。箸を入れる前からふわふわだと分かるそれは優しい黄色。
「あ…はい」
「お腹いっぱいなら無理しなくてもいいのよ?」
「いえ、いただきます」
栞さんから玉子焼きの数切れ乗った小鉢を受け取って、それをコトンと目の前に置いた。
ーー私のこの癖は、今に始まったことじゃない。寝ているわけでもないのに、偶に意識がそこではない何処かへ飛んでしまうことがよくあった。
思い出すのは決まって、昔の記憶。実の両親と三人で暮らしていた時の、私の思い出。
私が小学三年生の時に両親が交通事故に遭い、一人この世界に遺された。
その時のことは後数ヶ月で二十歳を迎える今でも鮮明に思い出せる。
沢山の大人達が鍵を開け、部屋の中へと入って来て私を見つけて囁き合い、優しい笑みを浮かべながら私に手を差し伸べた。
私は頑なに、その手を取ろうとはしなかった。
両親が私に笑顔を向ける時は決まって、その後に酷い仕打ちが待っていたからだ。
他の大人なんて学校の先生以外知らなかったし、その先生にすら必要最低限のことしか会話してはいけないと言われていた。
そんな私を、周囲の大人達が可愛いと思う筈もなかった。
それは、当たり前のことだ。
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