16.行きたい私。行かせたくない君。

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16.行きたい私。行かせたくない君。

 快晴の空。段々と近づいてくる冬の気配も晴れ渡る空の上に輝く太陽の熱で初春のように穏やかで暖かい。特に、トレーニング後に木の下でティータイムを過ごすのには心地良い日だ。  木漏れ日の下に広げた敷物の上に並ぶティーセットを囲んで座り、スコーンを美味しそうに頬張るセバスチャン、ジャック、レニーの様子に頬を緩めていた私は綴った紙の束をダンテに差し出した。 「教官。これがトトリ村への旅程計画です」 「うむ」  笑顔で頷きながら受け取ったダンテは書面に目を落し始め、それを少し不機嫌そうに横目で見遣りながらライアンは紅茶を啜る。  私の外出禁止令は王国騎士団の護衛という名の監視がついている。そんな中、勝手に外出したら……しかも、ちょっとそこまで買い物にどころの話でなく王都の外に出ようというのだ。即刻連れ戻されるのは目に見えている。私がステファニー商会の買い付けに付いていくには国王の許可は必要不可欠。その為の判断材料としてトトリ村往復の旅程をまとめ、ダンテに国王へ掛け合ってもらおうという算段なのだ。  もちろん、ステファニー商会のマルクの了承を得る為に私の存在が買い付けに有益であると思って貰わないと困るのもあり、道程だけでなく気候や地形、トトリ村の風習や特産、起こりうる問題や考えうる障害、またそれらの対応に関してなどなどかなり力を入れて事細かに書いた。お陰でここ暫くは寝不足気味だけど。 「おーもう出来たのか? 早いな!」  口の端からポロポロと菓子クズをこぼしながら言ったジャックに私はちょっと気恥ずかしく小さく肩を竦めた。 「うん。ちょっと、夢中になっちゃって」 「それにしても早いですよ。すごいですね」 「……実はずっと前からトトリ村のことを調べてたんだよね。えへ」  小さく舌を出しながらジャックとレニーへそう答えると、レニーは目を少し大きくさせて僅かに首を傾げた。 「何でトトリ村のことを調べてたんですか?」 「えっと、それは……」  この世界に味噌、醤油、納豆があるかどうか調べていた時に見つけたから……とは流石に言えないなぁ、と口籠もり私は言葉を選びながらなるべく簡潔に答えた。 「えっと『諸国漫遊記』って言う本を読んで、その本に書いてあった村や町を色々調べていくうちにトトリ村が気になって……それからかな」 「……これはフェリックスが一人で?」  目を通し終え、顔を上げながら言ったダンテに私は肯く。 「あ、はい」 「ふむ……」  顎をさすりながら唸るダンテにレニーが片手を伸ばす。 「私も読んでも?」 「ん? あぁ、どうぞ」  ダンテから紙束を受け取ってレニーも目を通し始め、腕組みをし無言のダンテへ私は恐る恐る言葉を発した。 「ど、どうですか?」 「ふむ。なかなか良い内容だ。これなら王に話を通すのも容易だろう」 「本当ですか?! ありがとうございます!」  喜ぶ私に笑顔を向けつつ、ダンテはいまだに仏頂面のライアンをチラリと横目で見た。 「ライアンも読んだのだろう? どう思うね?」 「…………」  暫く無言で口をへの字にしていたライアンは長い溜め息を吐いた。 「…………川以外は無理が無くて良いと思う。だけど、船で川をさか上るのはちょっと眉唾物だな。本当に可能なのか?」 「そこだな。だが、それについての考えられる可能性とそれに対する対応もちゃんと纏められている。書いている内容なら多少日数の変動があっても問題ないだろう」 「船は、やってみなければ分からないです。可能性は半々なんですけど私はできると思っています」  そう言った私にライアンとそしてセバスチャンまでもジト目を向けている。 「…………もし、許可が下りたら俺も付いてくからな」 「僕も」 「えぇっ?」  そう言ったライアンとセバスチャンに驚きの声を上げた私を見て、不満気にライアンは口を曲げた。 「何だよ。ステファニー商会が良いって言えば俺が付いてっても良いはずだろ」 「でも、ライアンは学校が…………」 「んなもん休むに決まってるだろ」 「なぁに、兄さん。僕たちが付いてくとイヤなことでもあるの?」 「そんな事はないよ! 無いけど……」  強い目力で睨むような視線を向ける二人にでも、とポロリと言葉が溢れる。 「でも、道中危ないかもしれないし…………」 「あのなぁ、それはこっちの台詞だ! 危ないかもしれないものに何でフェリックスが行くんだよ?! お前は危ない目に合わないってのか? そんな事ねぇだろ?!」  イライラと口調を荒げるライアンに私は少し身を縮めながら眉尻を下げた。  風が抜ける音がやけに大きく響き、その後には居心地の悪い静寂が辺りを包む。  ライアンの言うことはもっともな事で、私も流石にこの世界の旅は鼻歌歌って馬車に揺られていればつくようなお気楽なものでは無いのは分かっているつもりだ。だけど、だからこそまだ子供の彼らを連れて行くのは気が咎めるのだ。 「第一そんなにトトリ村に行きたがる理由は何だ? まだ俺は納得の行く理由聞いてねぇぞ? 納得のいく理由じゃなかったら俺はぜ〜〜〜ったい反対だからな!」 「うっ!」  ジッと私に皆の視線が集まる。 「それは…………」  理由が食べ物なんて言うと余計に怒るか呆れるかしてしまいそうだけど、かと言ってもっともらしい嘘の理由も思い付かない。むしろ怒っても呆れられても、もう今さらかな…………とどこかで思いながらも私は妙に乾いた唇を舐めてから口を開いた。 「トトリ村に、タオジャオっていう昔から村で作られている食べ物があるんだ…………それからトゥオペーンっていう豆から作られる食べ物。スソォという調味料に…………」 「おい、おいおいおい。ちょっと待て」  顔を歪め、額に片手を当てながらライアンは 「まさか、村の食べ物が行きたい理由、じゃねぇよな?」  と口に出しながらも半信半疑の面持ちだったライアンに私は素直に頷いた。 「それが理由だよ」 「はぁああぁっ?!」  一際大きな声を上げたライアンは理解に苦しむという顔で両手で顔を覆ってしまった。 「イッミわかんねーー!!」 「そんなのマルクさんに持ってきて貰えばいいじゃないか、兄さん!」 「そうかもしれないけど、もし日持ちしないものだってあるかもしれない。それにやっぱり自分の目で現地で見たいんだ!」  互いに顔を見合わせたまま黙る。  しばしの沈黙の後、フッと小さく笑う音が聞こえた。 「…………まぁ、ある意味フェリックスらしいっちゃらしいな」  そう言ったのはジャックでレニーも苦笑を浮かべて頷く。 「同感です」 「でも、そんな理由で納得できねーだろ?!」  ガバッと顔を上げ、ジャックとレニーへ向かって言ったライアンにとても平然と不思議そうにジャックは首を傾げつつ、右手の人差し指をくるくる回しながら 「えーなんで? 別にいいじゃん。人間の三大欲求の一つは食欲なのだよ、キミィ」  と芝居がかった調子で言った。そんなジャックにライアンは毒気が抜かれたように呆れ顔で 「おま……たまに変な事知ってんな」  と呟くと大きなため息を吐いた。  そんな子供たちの様子を見ていたダンテはレニーの手から私が纏めた紙の束を取るとニッと白い歯を見せた。 「何にせよ、暫く待っていると良いぞ」 「教官…………よろしくお願いします」 「うむ」  大きく頷くダンテに私は頭を下げた。
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