19.お菓子作り教室 初日

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19.お菓子作り教室 初日

「あの……フェリックス様……その……」  上目遣いでおずおずと私を見るサーラ。ものすごい既視感(デジャヴ)を感じながら私はサーラに大丈夫だよ、大丈夫と頷いて落ち着かせつつ、彼女の後ろに立つ人物に目をやった。 「ずいぶん小さな厨房ですこと」  金色の豊かな髪に真珠の髪飾り。白いレースで縁取られた赤いドレスを着て、腰に手を当て尊大な態度で厨房内を見渡しているブランシュがそこに立っていた。  今日はサーラに初めてのお菓子作りを教える日。そこに何故かブランシュもいる。 「えーっと……久しぶりだね、ブランシュ」 「えぇ、お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ、フェリックス」  居丈高にそう言ったブランシュに私は一応聞いてみる。 「ところで、今日はどうしてここにいるのかな?」 「あら! サーラから聞いてませんの? 貴方がお菓子作りを教えると言うからお手並みを拝見しに来ただけですわ」 「へぇ」  ツンっと斜め45度に顎を持ち上げ言ったブランシュ。だが、その表情はなんともしまりが無いし、いつもの生意気さも少し弱め。何故なら私はちゃんとサーラから聞いているから。ブランシュも自分でお菓子を作りたいという事を! 「…………ブランシュ様…………」  ジッと物言いたげなサーラの目に見つめられ、ウッと詰まりツンツンポーズで静止していたブランシュはしばらくの沈黙の後その格好のまま 「…………ま、まぁ、サーラがどーしても一緒にやりましょうと言うものですから? そこまで言われるのでしたら私もまんざらではありませんのよ? やはり一流の貴族としてお菓子の1つや2つ作るくらいは嗜みとして必要だと思いませんこと?」  とペラペラと喋るが、その耳は赤い。  そんな彼女に私とサーラはこっそりと目を合わせて小さく苦笑した。 「な、何ですの?!」 「いえいえ」  恥ずかしさを紛らわせる為かキッとキツい視線を向けたブランシュに小さく両手を挙げて何気ない素振りで私はブランシュとサーラの顔を見て微笑を浮かべる。 「じゃあ、お菓子作りの練習を始めましょうか。今日はまずは手始めにクッキーを作ります!」 「クッキー!?」  私のクッキーの提案にブランシュは嫌そうな顔をした。 「チーズケーキじゃないんですの?」 「チーズケーキでも良いんだけど、まぁ二人とも初心者だからね。最初はクッキーで。クッキーも美味しいし差し入れには持って行きやすいよ」 「えっ!」  私の言葉に即反応したブランシュの頬がほんのり赤くなり、妄想にホワっと緩むがすぐに私達の視線に気づき咳払いを一つ。 「コホン! ま、まぁクッキーも悪くありませんわね」 「じゃ、やろうか」  ブランシュがやる気になっているうちに始めてしまおうと、私は厨房の作業台の上に用意しておいた材料と道具に目を落とし木製のボウルを手に取った。 「まずはここにバターと砂糖と卵を入れて良く混ぜます」  今回は一応みんなの分の材料をあらかじめ計って置いている。お菓子作りでは分量を正確にする事が大切! なので必要な分量に分けておいた材料をボウルに入れ、お手本の為にまず二人にやって見せる。 「これはね、ちょっと力もいるし時間もかかるんだけどしっかりきれいに良く混ぜるのがコツだよ」  柔らかいバターを潰すように砂糖と卵を混ぜていくが、最初のうちはグニグニとボウルの中で逃げ回るバターが次第に砂糖と卵と馴染んでいく。更にもっと混ぜると砂糖が溶けて滑らかなもったりとした薄黄色いクリーム状になった。 「はい。この状態になるまで良く混ぜてくださーい」 「はい、先生!」 「混ぜれば良いんですのね」  二人ともボウルに材料を入れて混ぜ始めるがボウルの中で逃げ回るバターに苦戦している。 「ん。ん。ん」 「ちょ……このっ!」  苦戦していたがしばらくするとサーラはヨイショヨイショとバターを端っこから潰しながら砂糖と卵を混ぜていくが、ブランシュは闇雲にボウルの中で木べらを動かすのでバターがグルングルンとボウルから飛び出しそうになっている。 「サーラいい感じだね。その調子! ブランシュ、ブランシュ! バターを端っこから切る感じで潰していって。ゆっくりで良いから」  対照的な二人に声を掛けるがなるべく手は出さないようにするつもり、なのだが早くもブランシュの動きにソワソワしてしまう。そんなブランシュのボウルの中も次第にバターが溶けて何となく混ざり始め時間は掛かったが、ひとまず何とか混ざったようだ。  ふぅ、と一息つき私は小麦粉を手に取る。 「次に小麦粉を振るいまーす」  私は自分のボウルの中に小麦粉を振るい、それを木ベラでさっくりと混ぜ合わせていく。 「全体を均一に混ぜるんだけど、今度は混ぜすぎないのがコツだよ」 「小麦粉を振るって……混ぜすぎない……」  サーラは動作はゆっくりで少し慎重すぎるかな、と思うくらいの丁寧さで作業を進めているが、ブランシュは思い切りが良い。思い切りは良いのだが、少し雑と言うか大雑把の為に振るった小麦粉がボウルから外れていたり網ふるいから粉が飛んでいたりするが、本人は必死な為に気づかない。 「これを、混ぜる!」  ぐるぐると威勢良く木べらを動かすブランシュに私は内心あぁぁぁ、と汗ダラダラなのだが顔には微笑を貼り付けている。 「ブランシュ。もうそのくらいで良いよ」 「え? こんなので良いんですの? もっと混ぜた方が良くなくて?」 「えーっと、小麦粉と混ぜ合わせる時はあまり混ぜすぎない方が良いんだよ……って言うより体験した方がいいね。練習だし。じゃあブランシュはブランシュが良しと思うまで混ぜていいよ」 「あら。でしたら!」  と言うと木べらを持ち直し、なかなか力強くまた混ぜ始めるブランシュ。流石、騎士団団長の娘!  ブランシュはとりあえず気の済むまで放っておいて、私はサーラに顔を向けた。 「じゃあサーラの生地を伸ばそうか」 「はい!」 「じゃあ、台の上に薄く小麦粉を引いて……」  ささっと小麦粉を台の上にまいて自分のまとめた生地とサーラの生地をそれぞれの前に置き、麺棒をサーラに渡す。 「さっ! 生地を均等に伸ばしまーす」 「はい先生!」  元気に返事をしてくれるサーラに笑みながら私はまん丸の生地の真ん中に麺棒を押し当て、前後左右にグイグイと麺棒を転がし生地を伸ばしていく。私の手元を真剣に見つめるサーラはふんふんと頷きながら時折小さく手を動かしていたりする。その様はとても可愛い。 「サーラもやってみようか」 「は、はい!」  私が見せた手順を思い出しながら麺棒を動かし始めるサーラと入れ替わりでブランシュが満足そうな顔で手を上げた。 「できましたわ!」 「……ずいぶん練ったね」 「えぇ、これだけ混ぜれば十分ですわね」  ふふん、と何故かドヤ顔のブランシュにも綿棒を渡す。 「さ。じゃあ生地を伸ばそうか」 「さぁ、どんどんいきますわよ〜!」  調子が乗ってきたブランシュは麺棒を受け取りボウルの中から黄色い生地を高々と持ち上げた。
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