5.王子と子供たち

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5.王子と子供たち

「アル!」  長いこと周りを囲っていた子供たちの垣が無くなり、少しだけ視界が広がったアルゲンタムの耳に自分を愛称で呼ぶ声が聞こえた。  子供たちの話し声と楽団の演奏が布一枚隔てたようにボンヤリと頭に響き、目の前を代わる代わる過ぎていく子供たちの顔もドレスの色も何もかもが灰色で現実味が無い中で機械的に対応していたアルゲンタムは、急に意識が引き戻されたような感覚に瞬きをし、声の方へ目を向ける。そこには見慣れた笑顔のジャックが片手を上げていた。次いで微笑のレニーと同じく微笑んでいるサーラ、そして今だにどこかアルゲンタムに対して見えない壁のあるセバスチャンがやって来る姿を確認し、アルゲンタムは小さく息を吐く。  まるで世界が色を取り戻したようで、アルゲンタムは知らず知らずのうちに入れていた肩の力が抜けたのが分かった。 「やぁやぁ、やっとるね」 「……ジャック」    カラカラと笑いながら言うジャックにアルゲンタムは涼やかな目元を細めた。 「お疲れはないですか?」 「アルゲンタム殿下、お誕生日おめでとうございます」  気遣うレニーの言葉と可愛らしくドレスの裾を摘まんでお辞儀をしたサーラへアルゲンタムは頷きで返す。 「皆、良く来てくれた。礼を言う」 「お誕生日おめでとうございます」  礼儀正しく腰を折ったセバスチャンにもアルゲンタムは頷くが、すぐに目はセバスチャンの持つ物へと釘付けになり何かを言いかけるが、少女の良く通る声が彼らの耳に届きアルゲンタムは口を閉じた。   「あら、皆様ごきげんよう」  声の主は自慢の金色の髪をルビーとダイヤがあしらわれたシルクの赤いリボンでハーフアップにしたブランシュで、その隣には豊かな金色の髪をオールバックに整えたアウルムが立ち微笑んでいる。 「やぁ、みんな」 「よぉ、ルー。ブランシュのお守り悪いなぁ」 「まぁ! なんて事をおっしゃるの、お兄様!! お守りだなんて! 私はアウルム様の婚約者です!!」  少しきつめのアーモンドアイをキッと吊り上げてブランシュがジャックに噛みつけば、ジャックはジャックでいーっと歯を見せながら顔をしかめた。 「まだ婚約式して無いじゃねーか。気が早いぜ」 「まぁ! お相手のいないお兄様には分からないと思いますけれど、もう、すでに、アウルム殿下の婚約者としての務めは始まっておりますの!」  語気を強めつつ噛んで含めるように兄へ言った妹。二人の睨み合いにやれやれ、と苦笑しつつアウルムが割って入る。 「まぁまぁ二人とも。今日は兄上の誕生日なのだからそれくらいにして」  そう言いながらアウルムはセバスチャンとサーラへ顔を向けるとニコッと笑んだ。 「二人とも改めて婚約おめでとう」  アウルムの言葉にセバスチャンとサーラは揃って可愛らしく丁寧にお辞儀をした。 「ありがとうございます、アウルム殿下」 「ありがとうございます」 「先を越されてしまいましたわね」  クスッと微笑みながら目を細めたブランシュはすぐに少し頬を赤らめ隣に立つアウルムをチラチラと見ながら、でももうすぐ私たちも、と夢見る乙女の顔でモジモジしている。 「お二人の婚約式はいつに?」 「春になったらやろうと思ってる」  レニーの問いにアウルムが答えると、ブランシュがうっとりと言う。 「冬の寒さが和らぎ、暖かくなった春の陽の光の下。色とりどりに咲き乱れる美しい花に囲まれて愛するアウルム様との婚約式……」  胸の前で両手を握り、ホゥと恍惚の表情を浮かべるブランシュの頭の中にはもうすでに理想の婚約式でいっぱいの様だ。 「ここんとこずーーーっとこんな調子だぜ」  小声でアルゲンタムに耳打ちしたジャックの言葉を耳聡く聞き逃さなかったブランシュはキッと兄を見たが、フッと勝ち誇った笑みを浮かべる。 「お兄様も私たちのように早く素敵なお相手を見つけてくださいませね?」 「俺たちはまだいらねーよ。なー!」  ジャックはふんっと鼻を鳴らしながら、アルゲンタムとレニーの肩をガシッと抱き二人の顔を交互に見ながら同意を求めるようにな、な、と言うのを同意も否定もせず無言で苦笑するレニーと無表情のアルゲンタムにセバスチャン、アウルム、サーラは顔を見合わせて小さく笑った。 「ところで、それはフェリックスからの兄上へのプレゼント?」  セバスチャンが抱える物を指差し言ったアウルムの言葉にアルゲンタムの体がわずかに反応したのを目の端で捉えながら、セバスチャンは頷いた。 「そうです。まぁ、僕なんかより兄さんに会いたいでしょうから、僕から受け取っても嬉しくも無いでしょうけど」  口の端を上げ、少し意地の悪い笑みを浮かべながら言ったセバスチャンなのだが、アルゲンタムは相変わらずの無表情のまま 「どうしてだ? 私はセバスチャンに会えて嬉しく思っている。フェリックスに礼を伝えておいてくれ」  そう言ったアルゲンタムにセバスチャンはちょっと鼻白む。  嫌味にも何の感情も動かさず、まるで型で押したような返しをするこの銀髪の王子が何故自分の兄にだけ唯一反応を示すのか。その理由は分からず、明らかに他の人への態度とは違うアルゲンタムに何故かセバスチャンは無性にイラ立ちを感じていた。  ムッとした顔からすぐにあぁ、と表情を変えたセバスチャンはアルゲンタムにプレゼントと花束を渡しながらニッコリと笑む。 「兄さんから今日の事を教えてって言われているので、それも兼ねて明日サーラとジャック、レニーたちと家でお茶会をするんですよ」  ピクッと眉を動かしたアルゲンタムは涼やかな無表情のままだが、明らかに醸し出す雰囲気が変わった。  ジャックとレニーの気まずそうな雰囲気を感じつつ、ちょっと意地悪い微笑を浮かべたままセバスチャンの口は止まらない。 「兄さん、チーズケーキを作ってくれるんですよ。最近は色んなお菓子を作ってくれるんですけど、チーズケーキは特に美味しくて大好きなんです」 「………………そうか」  僅かにシュンとしたように見えるアルゲンタムに周囲がしんとなる。  アルゲンタムのしょげたようなその姿に自分の兄絡みの事にだけ感情を動かす相手への意趣返しと優越感。それと同時に少し意地悪が過ぎたか、と思う僅かな罪悪感にセバスチャンは視線をアルゲンタムから外しながらぶっきらぼうに言った。 「まぁ、もしチーズケーキが残っていたら持たせますよ。ジャックに」 「俺かよ!」  突然出てきた自分の名前につっこみを入れるジャック。 「いつもの事じゃないか~」 「いつものことって、お前なぁ」  途端にさっきまでの居た堪れないような雰囲気は消え去り、皆ホッと胸を撫で下ろした。 「その時は僕の分もお願いしますね」  ニコニコと便乗しセバスチャンに強請るアウルムに、はいはいとセバスチャンはジャックを指差した。 「えぇ、アウルムとブランシュの分も勿論ジャックが持って行きますよ」 「だから、何で俺なんだよ! レニーだっているだろ」 「いや〜やっぱりフェリックスからの届け物の配達人と言えばジャックしかいないですよね」  しれっと言ったレニーにジャックはオイオイ〜と顔を顰め、その様子に皆笑った。ただ一人、アルゲンタムを除いて。  友人たちの笑い声を聞きながら、アルゲンタムは手の中の布に包まれ綺麗にリボンをかけられた軽く柔らかな感触の贈り物を静かに胸元へ抱き寄せた。
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