8.チーズケーキでお茶会

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8.チーズケーキでお茶会

「皆、今日は来てくれてありがとう」  柔らかくなった午後の日差しが差し込むサロンに集った子供たちの顔を見渡し、私は自然と笑みが深くなる。 「こんな人数でお茶会できるなんて嬉しいなぁ」 「昨日の今日で、その、大変ではありませんでしたか?」  少し責任を感じているのか、こちらの様子を伺いながら言うサーラに私は笑顔で首を横に振った。 「もともと多く作るつもりだったから大丈夫だよ」  少しばかり材料を作り足しすることはあったが大した手間では無かったので私がそう答えるとサーラはホッとした顔になる。 「サーラは気にしぃだなぁ」 「ジャックが気にしなさすぎなんじゃないのぉ?」  白い歯を見せながら笑うジャックに唇を尖らせながらセバスチャンは反論する。 「そんな事ないってーこう見えて俺も色々考えてるんだぜ? ほら、大勢の方がフェリックスが喜ぶじゃん」 「んな事言っちゃってさーほんとはただ兄さんのチーズケーキが食べたいだけでしょ?」 「すごいな。よく分かったな!」  わざとらしく目を大きく見開き言ったジャックに皆笑う。笑い声に包まれたサロンに侍女たちがお盆を持って現れ、私たちの前にはケーキとティーカップが並んで行き、温かい紅茶が注がれたティーカップからは湯気と共に豊な香りが立ち上っている。 「わぁ!」 「これは、美味しそうですね」  テーブルの上に置かれた濃い紫色のベリーソースの掛かったほのかに狐色のチーズケーキに歓喜の声を上げるサーラと穏やかな微笑みで目を細めるレニー。レニーの隣ではジャックがゆさゆさと体を上下に揺らしている。 「チーズケーキ! チーズケーキ!」 「ジャック。そんなに跳ねるとソファが壊れるよ」  静かに窘めるレニーの言葉にピタッと体の動きを止め、ジャックはキラキラと輝く瞳を私に向けた。 「早く食べようぜ!」 「はいはい」  ジャックの子供らしさに苦笑しながら私は皆の顔をもう一度見渡す。 「今日はベリーのソース掛けチーズケーキです。さぁ、どうぞ召し上がれ」 「いっただっきまーす!」 「いただきます」 「わーい」 「ありがとうございます、フェリックス様。いただきます」  ジャックとセバスチャンは大きな口を開けてチーズケーキを頬張り、レニーとサーラは上品に口元にフォークを運ぶ。 「ん〜〜! はぁ。とっても美味しいです! フェリックス様!!」  幸せそうな溜め息とうっとりとした表情の後、頬を紅潮させサーラは私に尊敬の眼差しを向ける。 「ほんと、美味しいですね。フェリックス、君すごいね。将来はシェフにでもなるのかい?」  少し驚いた顔をし言ったレニーに私は微笑し首を傾げて見せる。 「んーそれもいいなぁ」 「フェリックスがシェフかーレストランやるんなら絶対食べに行く!」 「私は専属になってもらいたいなぁ」 「ダメだよ! 兄さんは誰の専属にもならないんだから!」  レニーの“専属”という言葉にセバスチャンは慌てた様子で立ち上がり、それを見てレニーはクスクスと笑った。 「フェリックス様」 「ん? どうしたの、サーラ」  じーっとチーズケーキを見つめているサーラのいつもとちょっと違う様子に私は少し彼女の方へ身を乗り出す。サーラは神妙な面持ちで私へ顔を向けると 「チーズケーキの作り方、教えていただけませんか?」  と言う。   「それは良いけど…………またどうして?」  サーラの真剣さの理由が分からず、小さく首を傾げながら尋ねると黒髪の少女はチーズケーキの載った皿を目の高さまで持ち上げる。 「お父様に自分で作った美味しいチーズケーキを誕生日にプレゼントしたいんです」 「…………そっか。うん。それはとっても良いね! きっとマリベデス様もお喜びになるよ!」 「私も上手に作れるようになるでしょうか?」  不安そうに見つめるサーラに私は安心させるようにニッコリと微笑む。 「大丈夫だよ! サーラも美味しいケーキが作れるよ」 「失敗したらいつでも食べてやるよ。だから、いくらでも失敗していいぞ~」  舌舐りするジャックにコラコラ、とレニーが再び窘め、セバスチャンはサーラの手を取る。 「サーラ、失敗しても僕が食べるからね。ジャックにはあげなくていいよ」 「おいおいセバスチャン。そりゃないぜ〜」  とても真剣な顔で言ったセバスチャンに苦笑したジャックだったが、ジャックも私もレニーもそしてサーラもプッと吹き出し笑い出してしまった。 「え? なに? なに?」  キョトンとして私たちの顔をキョロキョロと見るセバスチャン。彼なりの子供ながらの真剣さが愛しくて、それと同時に成長しているセバスチャンに私は目を細めた。 「いえ……その時はよろしくお願いいたしますわ。セバスチャン様、ジャック様」  サーラは嬉しそうに頬を染めて言った。 「ふふっ。じゃあ食いしん坊のジャックには私からこれを渡そうかな」 「お! なんだなんだ〜?」 「アルたちへのお土産♪」  弾む口調で言った私とは対照的になんとも言えない変な顔をするジャックに私は笑顔でサロンの片隅に鎮座している銀の蓋付きトレイを指差した。 「良かったですねージャック。いやぁ、ジャックは本当頼りになりますねぇ」  ニコニコと爽やかな笑みを浮かべて言っているはずなのだが、レニーの笑顔が些か黒く感じるのは気のせいか? 「こんなに頼りがいがある人に成長したのはウィンカート卿のトレーニングのお陰でもあるんでしょうかねぇ」 「おいおい〜」  眉を歪めたジャックはレニーへ口を尖らせる。 「なんでそこでウィンカート卿が出てくるんだよ」  しれっとした顔で宙を見ながらレニーはいやぁ、と続ける。 「なんか最近ジャックの体つきが変わってきたなぁ、と思って。久しぶりに会ったフェリックスもなんだか逞しくなってるし。ちょっと悔しいじゃないですか。だから、私も一回くらいトレーニングに参加してみようかなぁって、さ」  レニーの言葉に私とジャックはソファから体を浮かせた。 「おっ!」 「えっ、ほんと!?」  打って変わって満面の笑顔になったジャックと驚きつつも嬉しい私。そんな私たちと反対にセバスチャンは少し顰めっ面をした。 「レニーもやるの?」 「ダメ?」  レニーはクスッと微笑し首を小さく傾げて尋ねると私の弟は 「ダメじゃないけど……」  と口籠る。  逡巡しているセバスチャンを尻目にジャックは嬉しそうに立ち上がり、レニーの前で拳を握った。 「やろうぜやろうぜ! いつ来る? 次のトレーニングか!?」 「落ち着いて、ジャック。色々準備もあるし、許可を取らないといけないからね」 「えぇ〜?」  またまた口を尖らせるジャックに笑いながら、私はレニーに言う。 「父上と教官には私から話しておくよ」 「ありがとうフェリックス」  微笑み頷いたレニー。私は彼も一緒にトレーニング出来るかも、と想像すると楽しみな気持ちに顔が緩む。  そんな私を見てセバスチャンは少し膨れっ面になり、サーラはセバスチャンの様子にオロオロとし妙に騒つきだすサロン内。  グリーウォルフ家でのお茶会は子供たちの高い声で満ちていった。
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