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そんな中、一つの事件が起こる。幼稚園には多くの幼児達がいる。その中には自分とは違った者が気になって気になって仕方ない腕白者の少年もいるだろう。常に熊のぬいぐるみを胸に抱き、遊ぶ時も熊のぬいぐるみと一緒の亜月。腕白者の少年からすれば奇異の存在に見えるのは仕方ないだろう。
腕白者の少年は御飯事中の亜月の元に向かい、その胸元より強引に熊のぬいぐるみを奪い取った。
「おまえ、こんな話さないぬいぐるみと遊んでて楽しいのかよ、ばかじゃねぇの?」
「返して! あたしのくまちゃん返して!」
亜月は腕白者の少年の手に握られた熊のぬいぐるみの手を掴んだ。お互いに手を握り綱引きの様相となる。幼児らしく意地の張り合いも凄く、お互いに手を離す気配はない。
「返して!」
「やだよ!」
お互いに引かない。幼児ともなれば男女の力の差はほぼ無い。だが、今回は腕白者の少年に分があるのか、僅かに強い力で引っ張られるのであった。ぶちんと鈍い音がして腕白者の少年が握る熊のぬいぐるみの手が引き千切られた。
「お前が放さないから悪いんだぞ! おれしーらねっ!」
腕白者の少年は脱兎の如くその場から逃げ出した。亜月は「くまちゃん、痛いでしょ? ごめんねごめんね」と、泣きじゃくりながら先生のいる職員室に向かい、先生に泣きながら訴える。
「せんせい! くまちゃんの手がちぎれちゃった! なおして!」
このぬいぐるみのせいで噛まれたあたしが何でこんなことをしなければいけないのだろうか…… 先生は複雑な気持ちを胸に秘めながらに裁縫で熊のぬいぐるみの手を縫い繋げるのだった。中身のパウダービーズは漏れていない、ただ、手と胴体を繋ぐ糸が切れただけであった。これなら修理(治療)は簡単だと、机の中の備え付けの裁縫道具を出した。
しかし、問題が発生した。
先生の裁縫道具の中に入っていた糸がピンクしかなかったのだ。熊のぬいぐるみと同じ薄茶色の糸は切らしていたのである。
「あのね、今ピンク色の糸しかないの。熊の毛と同じ色の糸がないの。だからお家に帰ってからお母さんに……」
「やだやだ! くまちゃんの手が千切れてるなんて可哀想! ピンクの糸でいいから早くくっつけて!」
こういったことにこだわりが無いのはやっぱり子供か…… 先生はピンクの糸で熊のぬいぐるみの手と胴体を縫い繋げた。縫い目の糸が一部分だけピンクで目立ち、違和感しかない。
しかし、亜月は「治った」ことに満足し、ご満悦であった。
帰宅後、亜月は「お手々が千切れたけど先生がなおしてくれたんだよー」と高らかに両親に報告する。さすがに一か所だけピンクの縫い目なのはおかしいとして、イギリスの職人に国際便で送り返し修理を頼もうと考えたのだが「もう治ってるからいい!」として、手放さないためにそれも叶わないのであった。
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