くまちゃん

4/9
前へ
/9ページ
次へ
それから亜月の一家は小児科を訪れた。小児担当の心療内科医が「ぬいぐるみをイマジナリーフレンドにする話はありますが……」と、言ったことを前提にしたカウンセリングを行ったのだが、終ぞ、亜月から熊のぬいぐるみを離すことはできなかった。その心療内科医も「くまちゃん、お兄さんにも貸してくれないかな?」と、手を伸ばした瞬間に骨まで噛み砕かん勢いの彼女の歯が襲いかかる。 両親は「いっそのこと大人の力で強引に取り上げるしかない」と、提案したのだが、心療内科医が「それをすれば、娘さんに一生恨まれることになるかもしれませんよ。両親の信頼を維持したいのならやめておいた方が……」と、両親の提案を拒否するのだった。 尚、診断結果であるが「ぬいぐるみ依存症」であった。心療内科医が使う正式な言葉で言うなら「ぬいぐるみを対象にした依存性パーソナリティ障害」と言うことになる。簡単に言えば「寂しさ」から「誰か」に依存し一人では何も出来ない心理状態のことである。その「誰か」が「人間」ではなく「ぬいぐるみ」と言うケースは珍しくない、しかし、この幼少期でここまでの重度なものは極めて珍しいものであった。父親は外資系企業勤務の高給取りながらに積極的に家に帰り娘との時間を作るいいパパ、母親は昔こそキャリアウーマンであったものの娘が生まれてからは専業主婦として家事と育児をこなしながらも娘との時間を作るいいママ。二人共、亜月に「寂しさ」を与えているつもりは微塵もない。 つまり、原因不明と言うことになる。 両親は「時が解決するのを待つ」決断をし、亜月が熊のぬいぐるみを常に持ち歩くことを許すのであった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加