2人が本棚に入れています
本棚に追加
時は流れ夏休み…… 亜月の一家はハワイ旅行に行くことになった。
当然、彼女の胸には熊のぬいぐるみは抱かれたままである。空港でも、飛行機でも、ホテルでも、観光でも、海に泳ぎに出ても……
亜月にとってキラキラと輝き暑く楽しい夏の思い出が深く心に刻まれる。
そして迎えた帰国の日、空港は日本へと戻る日本人でごった返し、ハワイであるのに黒山の人だかりが空港に出来ていた。そんな日に限って父親は寝坊し、亜月の一家は予約した飛行機の時間ギリギリになるまで空港に到着することが出来なかった。
亜月の一家は搭乗手続を終え、大荷物を預け、必死に黒山の人だかりを掻き分けながら搭乗ゲートに向かって走っていた。
父親は亜月の手を握って小走りでいては間に合わないとし、彼女を抱きかかえていた。
一家の目の前に搭乗ゲートが見えてきた。後はチケットを通すだけ、父親は毎朝の駆け込み乗車のように駆け込み搭乗をするために走る速度を上げる、その胸に抱かれている亜月からすれば絶叫マシンに乗っているようなもの、恐怖感を覚えながら必死に父親にしがみつく。熊のぬいぐるみはと言うと…… 彼女の両手は父親にしがみつくために塞がっている。それ故に亜月の胸元と父親の胸元とで挟まる不安定な状態となっていた。
父親はちらりと腕時計を見た、搭乗ゲートの締め切りまで後数分、いや、あと数十秒かもしれない。急がなくては! 父親はラストスパートをかけた。その瞬間、亜月の胸より熊のぬいぐるみが風に乗るように流されて落ちた。
「あ、くまちゃんが!」
父親も母親もそれに気づかずにそのまま搭乗ゲートを通り抜けた。何とか間に合った…… 二人はゼェゼェと息を切らしながら安堵し、足取りをゆっくりとしたものに変えた。
「くまちゃん落としちゃった!」
亜月は父親の胸元からひょいと飛び降り熊のぬいぐるみを取りに戻ろうとした。しかし、その瞬間に母親によって襟首を掴まれてそのまま引きずられて行く。
「ほら! もう飛行機に乗らないと!」
「やーだー! くまちゃん取りに行くーッ!」
「これに乗らないと帰れないの! 我儘言わない!」
父親が息を切らしながら口を開いた。
「分かったから、後で空港の落としものセンターに問い合わせして持ってきてもらおう。今ならまだ間に合うだろう。最悪、日本に国際便で送ってもらおう」
「いやだーッ! すぐにくまちゃんを迎えに行くーッ!」
亜月は強引に両親に引きずられる形で飛行機に搭乗させられてしまった。父親もCAに「空港で熊のぬいぐるみを落としたので問い合わせして貰えませんか」と頼んだのだが、離陸の時間になってもCAからは何も連絡はない。
日本に帰国した後にもハワイの空港に問い合わせをしてもらったのだが、落としものセンターに熊のぬいぐるみは無いとのことだった。
つまり、落としものとして熊のぬいぐるみが届けられていないと言うことである。
亜月はと言うと離陸して間もなくは熊のぬいぐるみが無いことで泣きじゃくっていたのだが、機内の消灯時間を待たずに泣き疲れたのかすっかり眠りに堕ちていた。
最初のコメントを投稿しよう!