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熊のぬいぐるみがない日々は亜月の心の中に大きな空洞を生み出した。友達も熊のぬいぐるみを持たなくなった彼女の姿を見て一人一人と戻ってくる。
寂しそうに過ごす姿を見て放っておけなくなった故の優しさからであった。
それから三ヶ月後には母親の妊娠が発覚、亜月は「おねえちゃん」になることが告げられた。当初は何のことかは分からなかったが「弟か妹が出来るからしっかりしてほしい」と両親に言われた彼女は年少の子を世話したり、友達がいない子の友達になってあげたり、自転車の補助輪を外す練習をしたりなどと言った幼稚園児らしからぬ「いい子」になっていた。
心療内科医の診断によるところ、熊のぬいぐるみを喪失したことによる精神的な成長を、友達の優しさへ感謝に加え「おねえちゃんになる」と言う自覚の現れの二つが促進したとのことだった。
数カ月後…… GW前の話になる。亜月は小学一年生となり、もうすぐ七歳の誕生日を迎える。そんな彼女に父親は尋ねた「何か誕生日に欲しいものはないか?」と。
しかし、亜月は何も答えない。何も答えない姿をみて「もしや」と、思った父親は尋ねた。
「もしかして、熊のぬいぐるみが欲しいのか? また頼もうか? 今度はお前より大っきなやつにしてもいいぞ」
今度は持ち歩けないものをプレゼントすれば前のようにはならないだろうと父親が考えてのことである。しかし、亜月は首を横に振った。
「あたしのくまちゃんはハワイで落としたあの子だけ。他の子はいらない」
「そうか……」と、父親。その内心は「まだ忘れてなかったのか……」と、驚嘆するばかりであった。
「じゃあ、ハワイ旅行」
「え?」
「弟が赤ちゃんのうちは飛行機乗れないでしょ? 今はお母さんもお腹も赤ちゃんいるから飛行機乗れないじゃん? 当分あたし達もハワイ行けなくなるし、今のうちに二人でハワイ行こうよ!」
亜月は父親と二人でハワイに行くことになった。
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