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父娘二人のハワイ二人旅は光陰矢の如し、瞬く間に終わった。そして迎えた帰国の日、今度は余裕を持って搭乗手続きを完了させ、二人は空港のロビーラウンジでのんびりとしていた。
「ちょっと、トイレ行ってくる。ここ、動くなよ。変な人に話しかけられたら、大声出すか係員さんのところに走って逃げるんだぞ」と、父親。
「うん、わかった」
父親がトイレに行ってから数十秒後、亜月の前に見送りをする家族連れが現れた。見送られる方は中学生か高校生ぐらいの少年、見送る方は親子三人、子供は彼女より年下と思われるハワイアンの少女。ホストファミリーが留学していた少年の見送りをしていると言ったところだろう。彼女にとっては別に気にも留めない風景、いや、背景に過ぎなかった…… 少女が正面を向くまでは。
亜月の座るベンチに少女が走ってくる。その胸元には見覚えのある熊のぬいぐるみが抱きしめられていた。それをみた亜月はハッとする。まさかくまちゃん? とは思ったが、あんな熊のぬいぐるみなんて世界中どこにもあるし、似たようなものだろうと考えた。
その時、少女の足が縺れて転倒してしまった。胸元で抱かれていた熊のぬいぐるみが亜月の足元に向かって滑ってきた。彼女がそれを拾い上げた瞬間、懐かしい感覚を覚えた。
転倒した少女は手元に熊のぬいぐるみが無いことに気が付き辺りをキョロキョロと見回し探し回る。亜月は熊のぬいぐるみに僅かについた床のホコリを払って、その少女に返そうとした。すると、熊のぬいぐるみの手と胴体のつなぎ目の糸がピンクであることに気がついた。間違いない、これはあたしがこの空港で去年の夏休みに落としたくまちゃんだ! 亜月は嬉しさから思わず汗が手のひらに滲み出す。
少女が亜月の手に熊のぬいぐるみがあることに気が付き、とたとたと駆けてくる。
「お姉ちゃん、アルカスをかえして」
亜月は両手を突き出して広げる少女の手に熊のぬいぐるみを渡した。そして、思わず口を開いてしまった。
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