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「可愛い熊のぬいぐるみだね? あなたの?」
少女はコクリと頷いた。そして同時に熊のぬいぐるみの頭もコクリと頷くように押さえる。
「うん! アルカスって言うの!」
亜月は少女を自分の横に座らせ、しばらく話をしてみることにした。
両親も手招きをして少女に「帰るよー」と、言うのだが、少女が「お友達が出来たの!」と、言い動く気配はない。両親も「まぁ、少しぐらいなら」と、言いながら同じベンチに座ってきた。
「この熊のぬいぐるみ、どこで買ってきたの? あたしもほしいな」
亜月はそれとなくこのぬいぐるみの出自を尋ねてみることにした。もしこれで「空港で拾った」と、言うならあたしのものに間違いない。彼女の内心は正直なところ穏やかではなかった。
「あたしのおうちね、日本の人のほーむすていって言うのやってるの。だから、この空港にはよく行くんだ。アルカスはえっと…… いつだっけ、ずーっと前にここに来た時にひろったんだよ!」
いつだっけ と、少女が言った瞬間に両親は天を見上げいつのことだったかを思い出しにかかる。
「まだ去年だろ」
「そうそう、夏休みの帰国ラッシュの日にホームステイの女の子を送った日よ!」
間違いない! これはくまちゃんだ! 拾われているなんて夢にも思わなかった。亜月の心臓の鼓動が高鳴りだす。
「落としものセンターに届けようかと思ったんだけど、踏まれて汚くて、糸もところどころ解れて…… ゴミかと思ったんです」
あれから踏まれたのか…… 痛かったよね…… あの時手放してごめんね。亜月は内心で熊のぬいぐるみに心の底から謝った。
「それをこの子が『可哀想』って言って持ち帰って、しゅうり…… あ、いえ、うちで治したんです。洗って綺麗になったら気に入って、ずっと持ち歩くようになったんです」
拾ってもらった後も優しくして貰えてよかったね、くまちゃん。亜月は少女の胸に抱かれた熊のぬいぐるみを軽く撫でた。
「元々は誰かに大切にされていたものだってことを考えて、いつかは親熊と一緒になれることを願ってアルカスって名前をつけたんです。この子は意味分かってませんけど」
亜月は「絵本、そらのせいざ」でおおぐま座とこぐま座の話を読んだことがあったために、アルカスと言う名前の意味が分かっていた。別れた親子が再会して夜空に輝き続ける話のこぐま座の元になった人がアルカスと言う名前である。彼女はそれを覚えていた。
そうなるとあたしはおおぐま座のカリストだ。亜月はおおぐま座(自分)、こぐま座(くまちゃん)が会えたことを感慨深く思い、目頭が熱くなるが、それを軽く拭い凛とした目で出発口を眺めた。
亜月は「この熊のぬいぐるみは一年前にあたしがここで落としたものだよ!」と、言うことが出来た。父親も混じえて説得をすれば多分返して貰えただろう。
しかし、亜月はそれをしなかった。
あの時、落としものになった時点でくまちゃんはあたしのものじゃなくて、あの子のものになったのだから、それをとるようなことはしちゃいけないと思ったからである。
亜月はこう考えられるようになるまで成長していたのだった。
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