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くまちゃん
一人の少女、亜月(あづき)が六歳の誕生日を迎えた。
両親は亜月の誕生日を祝い、一家団欒で誕生日パーティーを開催するのであった。
亜月の誕生日パーティーも最高潮、部屋を暗くしてのバースデーケーキの蝋燭の吹き消しが行われた。六本の蝋燭が冷たくも優しい吐息によってその灯火が消える。部屋が真っ暗になったところに一斉に照明を点け、それと同時にクラッカーの紐を引き、紙テープと紙吹雪の雨を降らせる。
「「お誕生日! おめでとーッ!」」
亜月はリビングの隅にピンク色のストライプに真紅のリボンのプレゼントボックスがあることに気がついた。彼女はそれが気になって気になってたまらない。
その目線に気がついた母親が、プレゼントボックスを手に取り、亜月に優しく差し出した。
「はい、お誕生日プレゼント」
始めて物心がついた時に送られる誕生日プレゼントに亜月は喜んだ。去年までも同じような誕生日パーティーが催されたのだが、彼女の幼さ故にあまり記憶に残っていない、誕生日プレゼントも「いつの間にか持っていた玩具」の扱いとなり、玩具の奥で眠り続けるのであった。
亜月はプレゼントボックスのリボンを乱暴に引き、後ろにぽいと投げ捨てた。母親はいつもであれば「お行儀が悪いよ」と叱る場面だが、誕生日と言うことで大目に見る。
そして、上蓋をパカッと持ち上げると、中にあるものと目が合った彼女は満面の笑みを見せた。
亜月は中にあるものをそのまま天井に向けて「たかいたかい」をするように持ち上げ歓喜の声を上げた。
「わぁい! くまちゃんだ!」
そう、亜月に与えられた誕生日プレゼントは熊のぬいぐるみであった。大きさは少女の胸元に収まるぐらいの小さなもの、瞳は見ているだけで吸い込まれそうなぐらいに清水を思わせる碧眼、鼻はトリュフを思わせるぐらいにゴツゴツと隆起しつつも肌触りの良い楕円形の鼻先、体毛はポリエステル100%のマイクロフェイクボア素材の薄茶色の巻毛で触り心地も良い、中身もパウダービーズで柔らかく「もふもふ」と「ふわふわ」と「もちもち」の三重奏はぬいぐるみとしては規格外、最上級のものであった。
両親がイギリスの職人に制作を依頼したワンオブワンかつオンリーワンの特注品の熊のぬいぐるみである。
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