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アイス
「よくそんな甘いもの食うな」
あきれたというよりは半ば嫌そうに稲葉が言った。
「暑いときはアイスだよな」
僕の前にはコンビニで買った簡易パフェが置かれている。バニラアイスとチョコレートアイスがきれいな断層を作り、一番下にはコーンフレーク。上にはイチゴソースとカラフルなチョコレートが散りばめられている。 既製品と侮るなかれ、これが美味い。
「お前は甘けりゃいいんだろ」
僕のパフェへの思いを一蹴して稲葉がコーヒーをすする。むっとした僕はスプーンでアイスをすくい、稲葉の口に持っていく。
「食え」
「嫌だ」
「とりあえず食ってみって。マジで騙されたと思って」
「騙されるから嫌だ」
押し問答を繰り返すうちに溶け始めたアイスがスプーンから落ちた。
「あーあもったいない」
落ちたそれに僕は反射的に、無意識に吸いついた。舌でなぞるとバニラの甘さと汗の味がする。僕は落としたアイスの救出に満足して、そして固まった。呆気にとられたような稲葉と目を合わせてようやく我に返る。
溶けたアイスがとろりと落ちた先は稲葉の手の上。
あれ、僕何した。
「あ、」
稲葉の目が徐々に細められていく。あ、ヤバイこの顔。
「アイスってうまいよね」
愛想笑いの僕を見たまま稲葉がカップに指を入れて少し溶けだしたアイスをすくう。骨張った長い指にバニラとチョコレートが交ざりあって美味そうな色合いになっていた。
「そんなに食いたきゃ食え」
指が突っ込まれて口の中に甘さが広がる。舌を遊ばれてアイスの甘さが消えても僕は喘ぐように指に吸い付く。
「俺はアイスよりも」
口から指が抜かれて顔が近づいてくる。
「お前が食いてえ」
僕の舌を絡めとった稲葉が甘いと呟いたのを、溶けた脳みそで聞いた夏休みのとある午後。
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