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◯何で謝られるのかわからない。
「おぉーにーいーさぁぁぁん!!」
朝は機嫌よく俺を見送っていた知玄は、夕方死にそうな顔色で帰って来て、俺を見るなりすがりついてきて泣いた。
「やめろって、汗臭いし埃と油がつくぞ!」
と言ってるのに、知玄は構うことなく俺に力一杯抱きついた。
「ごめんなさぁい」
首筋に顔を埋められるとこそばゆい。そして何故俺の臭いを嗅ぐ!? 首だけでなく耳元まで嗅ぎまくり、すー、はーと深呼吸。キモい、マジでやめろ。
「あー、お兄さんの匂い、いい匂いだぁー」
くすぐった過ぎて思わず変な声が出た。何がしたいんだ一体。てか何で謝られなければならないのか? まさか、あれか?
「俺のブリトー勝手に食ったのはお前か、知玄」
「げっ、夜中に小腹が空いたのでつい……。でもでも僕が言いたいのはそれじゃなくて」
「あァ!?」
食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「うああ、ごめんなさぁい!」
とその時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「こらアキちゃんっ! 何ノリちゃん泣かせてんのっ」
「いや、俺じゃねぇし」
第一、知玄も俺ももうガキじゃねぇんだぞ、母親ヅラして仲裁しようとすんな、母親だけど。お袋に間に入られるとややこしくなるので、俺は知玄を二階に上がるよう促した。
「で、何なんだよ」
ベッドに腰掛け煙草に火を点ける俺の目の前に、知玄は正座している。
「あのー、僕のせいでその、お兄さんの将来をダメにしちゃったのかなと思って」
「は?」
もしや、俺がΩだって気付いたのか? うっかり自分の膝の上に灰を落としそうになった。テーブルの灰皿を引き寄せ、煙草を揉み消す。知玄はでかい図体を縮こめて、俺をおどおどと見上げた。
「だってお兄さん、もう僕にしか抱かれたくないって言ったじゃないですか」
「『お前にしか抱かれらんない』な」
「あ、そうでした。ともかく、僕としかその、できないってことはもう、お兄さん、女子と付き合ったり結婚したりとか、出来なくなっちゃったってことですか」
いや、まあ。実は、俺もそう思って、先日試しにラブホにデリのお姉ちゃんを呼んで一戦交えてみたんだが、屈辱的な結果となった。でもそれはお姉ちゃんが俺の身体を洗う時に「はーい失礼しまぁーす!」とファミレスかよって感じの業務対応したのがツボに入ってしまってやる気が失せたからだと思いたい……のだが。
Ωは番が出来ると番以外の奴とはヤり難くなるという話は聞いていたが、女の子とも無理になるとは聞いていないから、なんとも言えない。てか、なんとも言えないということにしておきたい。
「まあなんだ。そんなの、お前が泣くことじゃないだろ」
そう俺が言い聞かせると、知玄は腰を上げ、立ちあがり、そして俺の視界はくるりと回って、気付いたら天井を見ていた。
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