●どうしてこうなるのかわからない。

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●どうしてこうなるのかわからない。

 また、やらかした。兄に謝罪をするはずが、何故だかベッドに押し倒してしまっている。兄は困り顔で知玄を見上げていたが、ふぅ、と溜息を一つ吐いて、目を閉じ顔をそむけた。首筋が露になり、まるで知玄がつけた咬傷を見せつけるようだ。  あの時、無我夢中で一思いにがぶりとやったはずが、残された傷痕は小さく、一片の花弁ほどで、赤みを帯びたピンクに色づき、腫れもなく、入墨のように平たい。  無言の誘いに乗っかるようにして、知玄は花弁形の痣に唇を押し当て、舌を這わせた。獣が傷を舐めるときのように丹念に舐める。そうしているうちに、不思議と気分が落ち着いてくる。  あの時は大変な蛮行をしでかしてしまった。野良犬の交尾の方が余程エレガントな気がしてしまうほどの、無茶苦茶な乱暴狼藉を犯した。狂乱の中で、蠱惑的な兄がいけないんだと自分をひたすら正当化した。だが今は、言い訳ばかりの(よこしま)な自分はどこかに引っ込み、ただただ反省の情だけが静かに心を充たしている。  鼻面を兄の耳の下に埋め、擦りつける。兄の匂いが知玄の心を鎮めた。あの時、知玄の理性をきれいに吹き飛ばしたのもまさにそれなのだが。  両手を兄の顔の横に着き、見下ろせば、兄は無表情で知玄を見上げ、顎を少し上げた。知玄はそれに応えて、兄の唇に自分の唇を重ねた。兄の唇は女子のそれとは違い、引き締まりゴムの塊のような弾力があった。 「お兄さん、僕を許してくれるんですか」 「いや、ぶっ飛ばしてやりたいのは山々なんだけど」 「えっ」 「こうなっちまえばどうにも出来ないんだよ、俺も、お前も。それだけ」  兄は淡々と言い、手を伸ばし、知玄の後頭部からうなじにかけてを撫で下ろした。 「いいよ、相手してやる。ただ今はダメだ。母さんが寝静まった頃に忍んで来い」  兄は知玄の首に腕を回したまま、もう片方の腕で上半身を押し上げた。知玄もゆっくりと身体を起こすと、兄は知玄の腕の中に入ってきて、知玄を抱擁した。もう一度口付けを交わす。唇が離れると、 「砂と塩の味がするな」  兄はそう言って微笑んだ。風呂に入ってくるといって兄はベッドから降りた。知玄はシーツに膝をついたままで兄を見上げる。兄は知玄を見下ろして言う。 「お前、コンドームくらいは持ってるんだろうな」 「えーと、今、切らしてますね。前の彼女の時に使い切ってそのまま」  言ってからまた余計な事を言ってしまったと気付く。なんだか、我ながらケチくさい言い種だ。 「まったく、しょうがねぇ奴だな。何かあった時の為に持っとけよ」 「はい、すみません……」 「まあいい。あとで煙草買いに出るついでに買ってきてやらぁ。サイズは?」 「Lサイズでお願いします」 「そんな気はした」  兄は知玄を一瞥すると部屋を出ていった。ゆっくりと階段を降りる足音が遠ざかっていく。
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