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●喧騒の中でも兄と二人。
そうだった。地域のイベントに参加するということは、ほぼほぼ智也に遭遇するということだった。中学卒業以来すっかり接点がなかったので、知玄は智也の存在自体、まるっと忘れていた。
相も変わらず智也は兄をリスペクトしているらしく、兄の劣化コピーみたいな格好をしている。だが兄の髪色はこんな下品な感じの黄色ではないし、頬はだらしなく弛んではいない。背だってこんなちんちくり……いや、身長はほぼ同じか。
「おうおうおうおう、知玄よォ!」
睨みをきかせながら距離を詰めてくる智也に、知玄はつい昔の癖でうっと顎を引いた。智也は口調まで兄を真似ているが、兄だったら「おう」はせいぜい一回しか言わないし、語尾をそんなに伸ばさない。
細い眉と目を憎々しくしかめている。顔のパーツだけなら、残念ながら智也は兄と似ている。知玄と兄と智也、三人揃っていて他人から兄弟だと思われるのは、いつも兄と智也だった。
一人っ子の智也は、幼い頃から知玄を妬み、兄の弟になりたがって、大人達や兄の目を盗んでは知玄をいじめ抜いた。そのトラウマがまだ残っていてつい、知玄は腰が引けそうになってしまう。だが、昔は体格と重量の差で負けていただけなので、今なら圧倒的身長差で知玄が有利のはず。元々、運動神経は悪くないのだし。
「どうも、こんばんは」
相手のレベルに下がるのも癪なので、丁寧にご挨拶。すると智也は、
「生意気に女ばっかり引き連れてんじゃねぇよ、知玄の癖によぉ」
あくまでも下卑た応答をしてくる。喧嘩など滅多にしない知玄は、こういう時何と返したらいいのかわからない。とにかく、言われっぱなしはよくない。何か言ってやらないと、と息を吸い込んだところ、
「きゃー皆っ、来てくれたんだねぇー!」
間のびした歓声がしたと思ったら真横に弾き飛ばされた。智也の方はカッコ悪く尻餅をついている。
「茜ちゃん!?」
茜は真咲達とかわるがわるハグをしていく。今のは茜流の喧嘩の仲裁だったのか、それともただの天然か。彼女は兄が着ているのと同じ祭半纏を着ていて、知玄は助けてもらったかもしれないのに、感謝よりも智也に対するようなモヤモヤを覚えてしまう。
「知玄」
呼ばれて知玄は振り向いた。そこには兄が立っていた。白い短パンに青い祭半纏を着て、頭には豆しぼりのねじり鉢巻。兄弟なのに、知玄は兄の祭装束を生で見るのは初めてだ。
「いなせですねぇ、お兄さん」
兄は微笑んで小さく頷く。
「よく来たな。お前もチビ達に混ざって屋台引きやれよ。ご褒美に菓子もらってさ。ずっとやってみたかったんだろ」
今更チビッ子のやることなんかしてもと思う前に、じわっと目が潤み、知玄は、
「はいっ」
と力強く答えた。神社の境内には観衆が集まりつつあるし、背後では真咲に捕まった智也がぎゃーぎゃー喚いているが、知玄には兄と二人だけのひとときだった。
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