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●兄の寝言。
高志さんが仕事上がりに、兄の見舞いをしたいから上がってもいいかと、知玄に聞いてきた。高志さんは兄の先輩で呑み友達で、そして兄をしばしば悪所通いに誘う人だ。今日は彼が助っ人に来てくれたお陰で、病気の兄が休養を取れたのだが、弱っている兄をこの人に会わせたくないなと知玄は思ってしまう。そこで知玄は、兄に確認しますと言い、高志さんを一階に待たせて兄の部屋に行った。
兄はTシャツとサルエルパンツ姿でベッドに大人しく寝ていたが、寝苦しかったのか布団をぐちゃぐちゃに蹴散らしてしまっていた。さすがにこの有り様ではなと思い、知玄は布団をかけ直してやろうと近づいた。
兄は左手に携帯を握り、がに股に開きっぱなしの脚の片膝を立て、寝返りの途中みたいな半端な姿勢で寝ていた。知玄が近付いても目を覚まさないが、悪い夢でも見ているのか、眉間に深い皺を寄せてうなっていた。
知玄はあれっ? と目を見張った。
「ん……っ、んんっ……んっ……」
呻きは「あのとき」のものに似ていた。もしかして兄は、「している」時の夢を見ているのでは?
兄の呼吸は次第に荒くなっていく。胸が大きく上下する。苦し気に、首を左右に振り、携帯を持っていない方の手でぎゅっと枕の端を掴む。時折、知玄とした時のように、歯を喰い縛り、声が出てしまうのを堪えているようだった。知玄はつい唖然として兄の様子を見守ってしまう。
兄は今や過呼吸発作を起こしそうで見ていて不安になるほどだし、時折手足を突っ張って奥歯を軋ませているのを見ると、無理にでも起こした方が良いのではないかという気がするが、知玄の身体は硬直したように動かない。
「んんっ……!」
一際苦しそうに顔を紅潮させ、兄は背中を弓なりに反らす。汗の匂いに混ざって、兄特有の匂いが花開くように香り始めた。
「は……あぁっ、セイジさ……っ!」
大変なものを見てしまった。知玄は我に返ると、誰が見ているわけでもないのに慌てて毛布で兄の下半身を覆い隠した。兄は意識のないまま毛布を掴むと、寝返りを打ちながらすっぽり毛布にくるまった。
「どうしよう」
知玄は取りあえず、枕元に転がっていた、ぬるくなった濡れタオルを冷水で絞り、兄の顔を拭いてやった。兄のためというよりは自分を落ち着かせるためだ。知玄のズボンの前もまた、ちょっと人に見せるのは憚られる状態になってしまっている。
「さっきの、『ソーセージ三本食べたいな』とかじゃないですよね……」
どう考えてもあれは人名だ。セイジさん。夢の中とはいえ、あの我慢強い兄を啼かせた。
やがて目を開けた兄に、知玄は話しかけた。
「顔色がだいぶ戻りましたね」
そしてよせばいいのに、病人相手に鎌をかける。
「もしかして、電話かメール待ちですか? ずっと携帯、握り締めてますけど」
兄は答えず、天使のような微笑みで知玄の心臓をズギャンと突き刺した。
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