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◯二人だけの週末が……。
多忙と風邪でほったらかしにしたせいか、知玄がいじけた。
そんな時タイミングよく、親父とお袋が、お袋の姉貴の家に泊まりがけで行くことになった。良かったな、一日半くらい、俺ら二人きりで過ごせるぞ。
「長くお預けさせたし、今夜は朝まで付き合ってやるよ」
「やったー!」
ところがいざベッドに入り、知玄が俺に覆い被さったその時、本家の春絵おばちゃんから電話がかかってきた。
『お米あげるから、明日の朝、取りに来なさいよ』
マジかぁー。
本家のご厚意を勝手に拒否ると、後々問題が起きるので仕方ない。明日は日曜だけど普通に早起きだ。
「うあー! ぎゃぁぁぁ、助けてお兄さぁぁぁん!!」
だから着いてくるなって言ったのに。知玄は車を降りるなり本家の飼い犬に襲われ、広い庭を逃げ回っている。
「おい、智也。笑ってねぇで犬捕まえろよ」
智也はびくりと飛び上がり、「了解っす」と犬を追いかけ始めたが、庭をぐるぐる回るばかりで捕まりそうにない。
やがて犬の方が追いかけっこからイチヌケし、リードを引き摺りこっちにやってきた。いやにでかくて茶色くて、顔も身体も脚も長い。知玄を追い回した時は狩猟本能を丸出しにしていたが、対俺では甲高い声で甘え鳴きし、尻尾を引きちぎれんばかりに振る。円らな目でこっちを見上げてくる、その表情がちょっと知玄に似ている。もしかして同族嫌悪ってやつなのか? 知玄ばかり嫌うのは。
「さて。じいちゃんに挨拶して、米もらってとっとと帰るぞ」
しかしいつものことだが、くれるったってタダじゃない。おばちゃんから畑の草むしりを頼まれた。
俺が電動草刈り機を振り回している間、知玄はおばちゃんと野菜の収穫をしていた。
「こんなにいいんですか?」
「遠慮しないで持ってきなね!」
荷物が増えそうだ。お袋は喜ぶだろうが。
日が高くなり、俺達は汗だくになった。知玄とおばちゃんは収穫した野菜を母屋に運び、俺は納屋に草刈り機を戻しに行く。米はこの奥にある。運び出す前に一服点けたいと思って庭に出たら、高級車が一台入ってくるところだった。俺の目の前で停まり、運転席の窓が降りる。
「誰かと思えばアキか。見違えたな」
「なんだ、誓二さんか」
「なんだとはなんだ」
「つか珍しいじゃん」
「姉さんが米取りに来いって」
「ふーん」
誓二さんは車を降りると、断りもなく俺の側に立ち、ポケットからセッタを取り出した。
「火、忘れちゃった。貸して」
咥え煙草で俺の顔を覗き込む。俺は「どーぞ」とジッポを蓋も上げずに差し出てやった。
「つれねぇなぁ」
知らねえよ。そっぽを向いて煙を吐き出したら、不意にチョーカーと首の間に指を差し入れられた。
「お前、番が出来たのか」
「これは……」
口をついて出そうになった言葉を慌てて呑み込む。なんだよ、「これはただの事故だった」なんて。
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