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◯右から左から。
シェルティーの仔犬がクンクンと甘えた声で鳴いている。仰向けにひっくり返って、脚を全部ピンと伸ばして、されるがままだ。智也の犬は“プレゼント”を大切に抱え込み、丹念に舐め回した。
「一瞬食っちゃうのかと思った」
智也がホッとため息を着く。
「平気、平気。αはΩを大切にするものだからさ。こと相手が運命の番ならね」
えげつねぇ話だ。ああやって親のように面倒見てても、いずれは別の意味で「食っちゃう」んだからなぁ。
それにしても、何なんだよ。右から左から、ただならぬ圧を感じる。誓二さん、そして知玄が、俺の頭上で火花を散らしている。やっぱりα同士っていうのは、何もなくてもマウントの取り合いをせずにはいられないのか。知玄、やめとけって。言っちゃ悪いが、お前とあいつとじゃ、座敷犬と野生の狼くらいの実力差があるぞ。
二匹のαの冷戦の間で食う冷麦は不味かった。昔の男と肩を並べて吸う煙草は更に不味かった。勘弁してくれ、こっちは避けてるのにわざわざ寄ってくんな。
「何となく、今日はアキに会えるんじゃないかと思ってたが、ドンピシャだな」
「あっそ」
「傷、案外小さいな。もっと大きく残るものかと思ってた」
「勝手に触んな」
「こんなもの、齧り取ってしまえば、」
「触るなっつってんだろ」
「冗談だって。そんなに怒るなよ」
あんたが言うと、冗談に聞こえない。
「俺の大切なΩに酷いことはしないよ。それに、どんな障壁だって、運命の番の為に必ず取り払われる。俺達は神の寵児なんだ。そうだろ?」
頭おかしー。これだからΩ教の狂信者は。そんな宗教はこの世に存在しないが、俺は誓二さんを勝手にそう呼んでいる。
気付けば知玄が、玄関の引き戸の陰に半分隠れて、こっちをジーッと睨んでいた。物凄い圧だ。
帰りの車の中、たった一分ほどの道中だけど、助手席の知玄はぶすくれて一言も話さなかった。だが、家に着くと、
「せっかくの兄弟水入らずだったのに……」
と言う。お前も面倒臭ぇ奴だな。
「じゃあ、ドライブでもするか」
「ドライブ!?」
「そんで、適当なホテルみっけて休憩」
「やったー!!」
面倒臭いのに、最強に安上がりかもしれん。煙草をカートン買いしようと取っておいた金は、すってんてんになくなるけど。
「お兄さん、僕、お願いが一つあるんですけど」
安宿のベッドで、知玄は俺に覆い被さり、神妙な表情で言った。
「何?」
「僕、お兄さんの声が聴きたいです。気持ちいいときの。家だと、いつも我慢してるでしょ?」
うーん。場所の問題もあるにはあるけど、それだけじゃないんだがな。少し考えて、俺は言った。
「声なんて、出る時には出るもんだろ。俺が思わず啼いちゃうくらい丁寧に、やってみれば?」
どうせで出来っこないだろと思ったら、大変な目にあった。知玄、お前なかなかやるようになったな。
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