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○αの異常嗅覚。
「今夜はあまり飲まない方が良いんじゃないの、“お嬢さん”?」
誓二さんは隣の席に着くなりそう言って、ニヤリと笑った。嫌な奴。臭いでひとの調子を言い当てる。そこは高志さんの指定席だが、こんな時に限って高志さんは来ず、店はめちゃくちゃ混んでいる。盆休みの中日、どうせ空いてんだろと思って出てきたら、当てが外れた。
「ウイスキーのロックをダブルで」
「かしこまりました」
茜はすっかりプロの手付きで酒を作り、誓二さんの前に置いた。その横でユユが、
「かまえなくてゴメンねぇ」
と、俺のグラスにボトルの残り全部をどぼーっと注いだ。
「アキちゃん、次のも同じやつでいーい?」
「いいけど裕一、てめぇわざとだろ、今の」
「本名で呼ぶなっつってんだろこの糞ボンボンが! 次言ったらマジ殺す! あ、ごゆっくりどうぞ~」
ユユは誓二さんに愛想を振りまき、俺の前にドンッ! とブランデーのニューボトルを置いて去った。茜もボックス席の接客に戻ってしまう。
二人きりになるやこっちに伸びて来た誓二さんの手を、俺は振り払った。よく女子高生が父親なんかに対して言う「生理的に無理」ってやつは、きっとこんな感じなんだろうなと思う。
誓二さんは懲りもせずに、俺の方をじっと見詰めながらグラスを傾ける。
「何?」
「待てど暮らせど便りがないから様子を見に来てみれば、まさか浮気をしていたとは。しかも相手は実の弟ときた」
人聞きの悪いことを言う。浮気も何も、とっくの昔に俺とこの人の縁は切れている。俺の方から断った。
「お前の良人が正真正銘血の繋がった弟であることに対して、倫理的にどうだとか、言うつもりはない。ただ俺が言いたいのは、運命の番の為には全ての障壁は取り除かれるということで、その障壁ってのが、お前の大事な弟だってことなんだ」
答えるのも馬鹿らしくて、俺は煙草に火を点ける。
「俺はただ、お前に俺と同じ思いをして欲しくないだけなんだ。悪いことは言わないから、知玄に全部話して、番を解消してもらいな。大事な弟を喪いたくはないだろう?」
誓二さんが喪う物の多い人生を送って来たことには同情する。だけど運命の番とか、俺は迷信だと思う。
グラスに口をつけて一口飲む。喉が焼けそうなくらい濃い。おのれ裕一、二度と源氏名で呼んでやらないっ。
帰ると土間にまだ電気が点いていた。
「お帰りなさい」
靴脱ぎ場に、知玄が膝を抱えて座っていた。
「早かったですね」
「おう、まあな」
知玄は立ち上がり、俺に両手を差し伸べる。俺は靴を脱ぎ、知玄の腕の中に収まった。
「お兄さん、誓二さんに会ったでしょ」
「お前すげぇな」
「匂いで分かります」
知玄の手が、俺の腰をゆっくりと擦る。腰の重怠さが不思議と和らいで心地良い。こいつもαだから、俺のことは匂いで何でもお見通しってことなのか?
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