◯お袋の方が楽しんでいる。

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◯お袋の方が楽しんでいる。

 この一週間、茜のことばかり構っていたら知玄がむくれた。埋め合わせに、日曜は遊びに連れてってやろうと思ったら、お袋から無理矢理予定をねじ込まれた。 「来週じゃダメ?」 「だーめ! 冬物の出始めの時期だもの。早く行かないと、いいのがなくなっちゃう」  俺が結婚式にお呼ばれする時用のと、知玄の成人式のスーツを「買ってくれる」という。その資金源はどうせ、経理上では支給されているはずの、俺の幻の給料とボーナスだろ。  俺の服装の件で、お袋は親父と一戦交えていた。親父はブラックフォーマルにしろと言ったが、お袋は新しいのを買うべきだと言って譲らなかった。最終的にじゃん拳して、勝ったお袋の意見が通った。  お袋と知玄を車に乗せて、お袋指定のセレクトショップへ。お袋ははしゃいでいる。 「失礼しました、お母様でしたか。てっきりお姉様かと」 「いいえ~。やだわぁ、そんな風に見えますぅ?」  店員のお世辞に一々反応するなよ恥ずかしい。 「お母さん楽しそうですね」 「むしろちやほやされるのが真の目的だからな」  去年はこれが嫌で、俺は5秒で服を選んだ。 「しかしノリはともかく、俺のは成人式で着たのを使い回せば良くね?」 「え!?」  知玄とお袋が同時にこっち向いた。な、なんだよ、二人とも真顔で。 「あれはいくらなんでも無いでしょう、お兄さん」 「アキちゃん、あんな格好で行ったら会場に入れてもらえないよ」  そんなにダメ? 二人とも、成人式の日は似合うって言ってたじゃん。 「だいぶオラついてましたからね」 「ふふっ、どうみてもヤクザの若い衆だったよね」  そう思ってたんなら言えよ! 同級生らに「さすが色男」とか言われてちょっといい気になっちゃってたじゃねえか。 「結婚式の服はなぎさちゃんのお母さんに聞いてリサーチ済みだから、任せなさい! あ、ノリちゃんは好きなの選んでいいよー」  そんな訳で、一時間半ばかり、俺はお袋の着せ替え人形扱いに甘んじた。その間に知玄は自分で厳選したやつを試着して戻って来た。 「じゃーん、見てくださいお兄さんっ」  明るいブラウン系のチェック柄の上下に、グレーのワイシャツと濃いブラウンのネクタイを合わせている。くそぅ、さすがお洒落番長め。良く似合ってるぜ。上背があるから映えること。  一方、俺はブラックフォーマルよりは明るい黒のスーツに白のワイシャツ、グレーのベストにシルバーストライプのネクタイ。 「お兄さんも良くお似合いです。背が高く見えますよ」  喧嘩売ってんのかコラ。  会計待ちの間、知玄は俺の二の腕を指で突いて耳打ちした。 「僕、いつかお兄さんの白いタキシード姿が見たいな。相手は勿論僕です」  そうか。ま、夢を見るのは自由だ。 「写真だけでも撮りましょうよ。僕達ならすごく絵になりますよ」  タキシードでビシッと決めたお前の隣に並ぶ勇気は、俺にはねぇわ。格が違いすぎる。
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