128人が本棚に入れています
本棚に追加
姉と弟と執事
「すごくよかった」
「そうだね」
ティッシュを手渡しながら和泉が相槌を打った。ティッシュを受け取った佐和はそれで鼻をかむ。やることもなくリビングでたまたま居合わせた二人は、テレビでやっていた泣けると話題のアニメーション映画を一緒に見ていたのだが。
「それだけ?なんであんたはそんなに無感動なのよ?」
「そんなことはないけど」
「マジで泣けるんだけど」
困ったような顔で笑う和泉を、佐和は呆れ顔で見やる。と、ノックがあってからドアが開いた。
「失礼いたします」
「ちょっとトイレに行って来る」
温かいココアを二つ持った西嶋が入るのと入れ違いに和泉が出ていく。西嶋はすれ違いざまにちらりと和泉を見たが、声をかけるでもなくリビングに入るとテーブルにココアを置いた。
「どうぞ」
「ありがと。ねえなんで私の弟はあんなに無感動なの?」
佐和の言葉に執事は困ったように笑った。その顔はさっきの和泉と同じ笑い方だ、と佐和は思う。
「無感動なわけではありませんよ」
「だってめちゃくちゃ泣ける映画だったのに、涼しい顔して見てたのよ?」
「それは佐和様の主観ですが」
いつものことではあるが当然のように弟の肩を持つこの男がおもしろくない。先日の事件では銃まで撃ったとか、弟のこととなるとこの男はまったくもってどうかしている。
「だってけろっとしてたじゃない?」
「今ですか?」
「うん。少しくらいなんかあってもいいじゃん」
「なんか、ですか」
微かに笑う西嶋に、一瞬惚けた。見慣れたつもりでいても、ふとした瞬間に見惚れてしまうことが未だにあるのが少し癪だと佐和は思う。その顔のまま西嶋は言った。
「和泉様は涙腺弱いですよ」
ええ、と佐和が非難の声を上げたところで和泉が戻ってきた。いつも通りの、佐和に言わせれば仏頂面でソファに座るとカップを手に取る。
「少し温めにしてあります」
「うん」
「猫舌」
「僕からしてみれば熱いものを平気で口に入れられることの方がおかしい」
そうっとカップに口をつける和泉を見やりながら、佐和はすっかり温んだココアを飲み干す。
「ねえ、今の映画本当は泣けた?」
捨てられた子犬が、健気にも飼い主の女の子を探して長い旅をする話。子犬がなんともいい表情をするのだ。
「泣いてないよ」
「本当に?」
「本当に」
「目のふちが赤いですよ」
西嶋が少し覗き込むように和泉を見る。
「顔を洗いに行ったのでは?」
驚いたように少し目を瞠ってから諦めたように、
「……うん」
「和泉様はあの手の話に弱いですからね」
「うん」
やけに素直に頷いた弟が佐和はおもしろくない。自分には言わなかったくせに。
「猫舌の泣き虫」
「姉さんの方が泣いてるじゃないか」
「あたしはいいの女の子だから。武器だから」
「ふうん」
かわいくない。昔はもうちょっとかわいかった気がすると思って、いやそうでもないかと佐和は己の内で打ち消す。
「大体あんたは何で西嶋には素直なのよ」
「そんなことはない」
「いーやある。最近はとくにそうだ」
思い返してみれば思い返してみるほどそんな気がしてくる。佐和がかわいくない弟を軽く蹴っていると、空になったカップを下げに部屋を出ていた西嶋が戻ってきた。
「どうかなさいましたか」
「姉さんが弟を虐めるんだ」
「コミュニケーションでーす」
「仲がよろしいことで」
兄二人は歳が離れている上に、大人にばかり囲まれていた佐和と和泉は歳が近いこともあり、結局のところ仲がよかった。
「最近うちの弟は西嶋にばっかり素直だ」
「そんなことない」
「西嶋もそう思わない?」
「どうでしょうか」
問い掛けられた西嶋が佐和にも誰にも向けない甘い顔で和泉に笑いかける。と、和泉がふいっと顔を反らした。
あれ?と佐和は思う。そんな弟の反応は知らない。
「ねえ二人、なんかあった?」
「何も」
「ありませんよ」
片方はそっぽを向いて、もう片方は笑顔のまま声を揃えて否定する。
なんなんだもう。
やっぱり何だかおもしろくない、と佐和は思った。
最初のコメントを投稿しよう!