俺の友達の話

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俺の友達の話

「お前らってマジでお坊ちゃんなん?」  目の前に立つ髪を逆立てた男が嘲るように言って、少年Aはたじろいだ。ビルの間の細い路地は人気がない。大通りには通行人がいるのに、ここに入ってくる者はいなかった。つまり絶体絶命。 「いや、両親は普通のサラリーマンで……」 「そこの制服着てるってことは金持ちなんだろ?ちょっとさあ、お金かしてよ」  後ろにいる金髪の男と、鼻にピアスのついた男が全然面白くないのに笑った。きっと自分とは笑いのツボが違うのだ。いやもしかしたらズレているのは自分の方で、実は世の中の人はこれが面白いのかもしれない。 「おーい聞いてんの?」 「こいつもしかして頭おかしいんじゃねえの」 「お金貸してってばー」  大声を出されてはっとする。現実逃避から戻っても現実は変わっていなかった。とても同じ年頃とは思えない不良たちに、無期限無利子でお金を貸さなければならない現実は。 「早く金だせや」  先ほどまでのふざけた調子から急に低い声を出されて、ああこれが世の中の不良のやり方なのか、と観念してカバンに手を入れた瞬間だった。 「何してるんだ」  後ろから名前を呼ばれて振り返る。同時に背後に目を向けた不良たちは、緊張した顔から怪訝な顔に変わり、最終的にはにやにやしだした。カモがネギを背負ってきたとでも言うように。彼らがその慣用句を知っているかは分からないが。 「一条……」 「なになに、オトモダチ?」 「助けにきてくれちゃった感じ?」  路地の入り口に立っていたのは、同じクラスの一条だった。誰かが来てくれたのはありがたいけれど、一条は決して筋肉隆々のスーパーマンではない。むしろ華奢な印象だ。しかもあの一条家の御曹司である。自分なんかよりもずっと鴨ではないか。 「たまたま通りかかったら後ろ姿に見覚えがあったから」 「あ、そう」  一条はなんでもないように話しかけてきて、この状況に気がついていないのではないかと思う。それか、この人たちがオトモダチか何かと勘違いしているのではないかと。 「友達、ではないな」  あくまで不良たちを無視する一条に、彼らを怒らせてしまうのではないかと気が気ではなかった。目の前に立っている不良が舌打ちをする。 「あのさあ、お前いきなり出てきてなんなわけ?こっちは今この彼にお金を借りてるとこなんです。用がないならさっさとどっかに行っちゃって」  それとも、と不良がにやにやする。これには嫌な予感しかしなかった。 「お前が貸してくれんの?」 「二人から借りればいいじゃん。そしたら二倍だよ二倍」 「そうだなそれ超ナイスアイデア」  不良たちは全くナイスアイデアだとは思えない案に盛り上がっているが、隣にいる一条は危機感を感じているように見えなくて、自分の方が焦る。 「カツアゲは借りるとは言わないでしょう」 「借りるだけだっつーの永遠にだけど。つかなんなのお前。スーパーマン気取りで調子に乗ってんの?いいからさっさと金出せよ」 「お断りします」  少しもためらうことなく返答した一条に不良たちが気色ばむ。それでもなお一条は落ち着いていて、その温度差はいっそおかしかった。  一条はクラスでも物静かな方で、休み時間も本を読んでいることが多い。けれど決して友達がいないわけではなく、むしろ一緒に廊下を歩いていると必ず誰かに声を掛けられている。そんな友人を密かに一目置いているのには訳があった。  いつだったか、少し素行の悪い生徒が盗難の犯人に疑われたことがあった。結局それは盗られたと思っていた生徒の勘違いだったのだけれど、その時に疑う前に探すべきではないかと毅然として教師に言ったのが一条だった。今だって誰もが見て見ぬふりをしたのに、一条は見過ごすことをしなかった。そしてその背筋はずっときれいに伸びたままだ。 「ふざけてんなよ」  不良の拳が一条の方に向かっていて、思わず目を閉じた。関係のない友人を巻き込むぐらいなら、お金を渡してしまえばよかったと後悔が掠める。なんて情けないんだろう。腕力ではかなうはずのない不良にも臆せずに立つその細い背中はとてもかっこいいのに、自分は誰かに助けを求めることしかできない……! 「こういうのはおやめ下さいと、何度言えばお分かりいただけるのでしょう」  見知らぬ声に恐る恐る右目を開ける。想像していたような衝撃音は聞こえていなかった。一条は同じ場所に立っている。右目よりは緊張を解いて左目も開けた。手を振り上げた不良が固まっていて、その不良の腕を掴んでいるのはスーツのイケメンだった。しかも超絶イケメン。 「ちゃんと逃げるつもりだった」 「私が来なければ確実に殴られていたように思いますが」 「一回ぐらい殴られておけば隙を見て逃げられるかと思って」  超絶イケメンが掴んでいた腕をすっと下げたかと思うと、なぜか不良がぐるんと回って派手に倒れた。何が起きたのか少しも把握できなかった。 「殴られて逃げられるはずがないでしょうに」 「うるさいな。どうせお前が来ると思ったんだ」  一条の言葉に、超絶イケメンが微笑った。 「とりあえずここを片しますので離れていてください。危ないですから」 「分かった。行こう」  一条に背中を押されて戸惑いながら場所を離れる。とてもケンカが強いようには見えなかったが、本当に任せていいのだろうか。 「あ、あの人は……?」 「うちの使用人だ」 「大丈夫なのか?」 「大丈夫だろう」  一条はまったく心配していないようだった。細身でスラリとしたモデル体型に見えたが、もしかして脱いだらすごいのだろうか。細マッチョなのか。  悶々としながらもお金を取られなくてよかったとカバンに手を入れようとして、それ自体がないことに気がついた。 「カバン置いてきたみたいだからちょっと取ってくる」 「ああ」  さっきの路地に戻って恐る恐る顔を出す。もしあの超絶イケメンが倒れていたらどうしようかと思っていたのだが。 「お前らが誰を恐喝しようが誰から金を巻き上げようがどうでもいいが」  倒れていたのはさっきの不良たちだった。しかも一様にうめき声をあげている。対して超絶イケメンは現れた時と変わらない皺一つないスーツ姿のまま、倒れ伏している不良の襟首を掴んでいた。 「あの方に何かしたら、」  超絶イケメンが耳元で何かを囁くと、不良の顔が明らかに青ざめた。その不良を無造作に放り出した超絶イケメンと目が合う。そして道の端に落ちているカバンに気がつくと、それを手に取った。 「どうぞ」 「あ、あり、ありがとうございます」 「どこかお怪我は?」 「全然ないです。俺も、一条も」 「それはなによりでございます」  超絶イケメンは笑った。  お送りいたしましょうと言われて倒れている不良たちに背を向ける。何があったのか考えてはいけない、と本能が警告していた。  路地を出るとこちらに気がついた一条が表情を和らげる。この友人に危害を加えるようなことは決してすまい、少年Aはそう心に誓った。
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