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一月九日
「今日は成人式なんだな」
赤信号で止まった交差点、外を見ていた和泉が運転席に向かって言った。大通りに面したホテルの入り口は振袖を着た若い女の子たちで華やいでいた。きっと久々に会った旧友との再会にはしゃいでいるのだろう。寒さにも負けず、遠目にも明るい表情が見えた。
「寒いのに大変だな」
「あちらの方々よりも和泉様の方がお若いはずなんですけどねえ」
「寒いものは寒い」
寒さに弱い和泉がぶっきらぼうに返事をする。それには運転席にいる西嶋が、悟られずに笑った。
「再来年には姉さんも成人式なのか」
「早いですね」
「なんだか不思議な感じだ」
周りを大人に囲まれて育った和泉にとって、一番身近にいたのは姉だった。兄たちはずいぶん歳が離れているせいで、自分が小さい頃からずっと大人だったように思う。それに比べていつも遊び相手だった姉は、歳も一つしか違わず同じように育ってきたものだから、一足先に彼女が大人になるのが和泉には不思議に思えた。
「和泉様もあっという間ですよ」
「そうだな。それこそ変な感じだ。まだまだ大人になんてなれそうもないのに」
「誰もそうですよ。この日を境に急に大人になる者などおりません」
「お前もそうだったのか」
一条家に仕える完璧な執事である西嶋がまだ未熟な青年だった頃など、和泉には想像ができない。そもそも、自分のことをほとんど語らないこの執事のことを和泉は何も知らないと思っている。自分のことは何もかも知られているというのに。
「そうですね。まだまだ子供でした」
「お前が?」
「はい」
「想像もつかない」
それには答えなかった西嶋が苦笑するのがミラーに写る。それがどういう感情を表しているのかわからなくて、こういう瞬間いつも歯がゆいような思いに駆られた。それを知ってか知らずか西嶋が口を開く。
「私も想像もできませんでしたよ」
「何がだ」
「こうしてこの仕事に就くことが、です」
「それは誰だってそうだろう」
「あの頃の私にはとても考えられません」
西嶋が断言する。和泉が西嶋に出会ったのはまだ中学生の頃。朝陽を反射する金の髪をまだ覚えている。
「まさかこんな仕事だとは思わなかった?」
「誰かに必要とされることがこんなに幸福であるとは思いませんでした」
思いがけない返答に和泉はきょとんとした顔をする。
「あなたに何かをして欲しいと言われるのがとても嬉しいのですよ」
「……変わったやつだな」
和泉の呟きに、今度は屈託なく笑った。
振袖の女の子に混じって、もちろんスーツ姿の青年たちも集まっている。かつては西嶋もあんなふうだったのだろうか。その賑やかな集団の中に面影を探す和泉を乗せた車は、信号が青になった交差点を走り去っていった。
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