もしも主人の心の声が聞こえたら

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もしも主人の心の声が聞こえたら

西嶋の様子がおかしいと和泉が最初に気がついたのは、食後の紅茶を飲んでいる時だった。いつも通り美味しいそれを堪能していたが、ふいに顔を上げると西嶋が自分を見つめていて、しかし目が合うとそらされる。何か様子が違う。 よくよく考えれば朝からそうだった。朝、ベッドの中で西嶋が持ってきたホットミルクを飲んでいた時だ。蜂蜜の入った温かなそれを飲んでいると、なぜか西嶋が驚いたように和泉の方を振り返ったのだ。 「どうかしたのか」 「いいえ」 それ以外はいたって普通だったので、その時はそれほど気にならなかったのだが。 例えば。 西嶋が作ってくれた朝食を食べている時、後ろから声をかけようとした時、西嶋はわずかに驚いた顔で、時には困ったようにこちらを見た。 今も、部屋に入ってきた和泉と目が合うと、わからないくらい一瞬たじろいだように足を止めた。 「西嶋」 「はい」 マグカップと菓子皿を置いた西嶋が和泉を振り返った。マグカップからは温かそうな湯気が立っている。ミルクの味がまろやかなカフェオレは和泉の好みのとおり。 「どうかしたのか」 「何がでございましょう」 「何がというか」 何がと聞かれるとよく分からないが、確かに違和感がある。もしかして自分は、知らないうちに何か気に障ることをしただろうか……? 「それはございません」 「え?」 和泉が口を開く前に遮るように言った西嶋を見る。どこか焦ったような顔をしていた。 「いえ……特に何もございません。いつも通りです。況してや、あなたのことが気に障るなど一切ございません」 「そう、か」 それで話は終わりとばかりに背を向ける。しかしその態度自体がいつもの彼らしくない。それとも体調が悪いのに無理をしているのでは。そう、和泉が声をかけようとすると。 「違うんです」 「違う?」 唐突な言葉を怪訝に思い聞き返すと、西嶋は片方の手で顔を覆った。自らの失敗を責めているようにも見える。 「違うんです、私は」 「うん?」 「私はあなたのことなら誰よりも分かっているという自負がございます」 それは、そうなのだろうと和泉は思う。家族にさえ伝わりにくい思いを、西嶋はいつも拾い上げてくれる。 「しかしそれはあくまであなたのことであって、あなたが私をどう思っているかなど……」 「え?」 「それは私が聞くべきことではありません」 「何の話だ?」 珍しく困惑した様子の西嶋に、和泉はますます心配になる。頭を抱えている西嶋を、下からそっと覗き込んだ。 「大丈夫か?」 何かあるのなら力になりたい。そう思うのは、和泉にとってこの男が僕である以上に大切な存在だからだ。 「ああダメです、そんなことを思っては」 私の理性が保ちません。 心底焦ったような顔の執事を見て和泉はもどかしく思う。自分のことばかり優先し、なかなか本心を見せないこの男の心の声が聞こえればいいのに、と和泉は思った。 ✳︎✳︎✳︎ その後のこと。 「助けてくれてありがとうね」 「いえ、どういたしまして」 和泉が一人で歩いていると、横断歩道で立ち止まってしまったおばあさんを見かけた。信号が点滅し始めたが、気にかけて振り返る人はいても誰も手を貸さず避けて歩いている。和泉は声を掛けると、そっと手を添えておばあさんと一緒に横断歩道を渡った。 「何かお礼を差し上げたいのだけれど」 「いいえ、そんな大したことではありませんから」 「そんなこと言わずに受け取ってちょうだい」 手渡されたのは、小さな飴。 「これを舐めるとね、大切な人の心の声が聞こえますよ」
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