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初夢
屋上のドアを開けると日差しが目を刺して瞼を閉じた。ようやく慣れてきた視界に見慣れたシルエットを認めて、速水はその人影に近付いた。
「なーにさぼってんだよ始業式」
「お前もだろ」
「めんどくせえよな。一本くれ」
西嶋が無言で差し出したタバコを咥えると、百円ライターで火をつける。吐き出した煙が風のない空気にふわりと広がってから消えていった。
冬休みが明けたばかりの屋上はキンと冷えている。それでも吸いにきてしまうのはもう中毒に近い。初めてタバコを吸ったのは小学生の頃、父親のをこっそり盗んで火をつけた。その時は母親にバレて速水も、当然のように一緒にいた西嶋もこってりと絞られたものだ。
「五年ですっかりニコ中だな」
「そんなもんか」
「小学生の時に親父のタバコ盗んでおかんにめちゃくちゃ怒られた時からだからな」
「ああ、あれは怖かったな」
思い出したのか西嶋がおかしそうに笑った。
悪いことをするのは大抵二人一緒だったから母親に叱られるのもいつも二人揃ってだった。
「そりゃバレるだろ。ゴミ箱に捨ててたし」
「今思うと危ないな」
「バカだよなあ」
二人で声を上げて笑う。たった5年で身長は随分と伸びたけれど根本的には何も変わっていない。それは明日も朝が来るのと同じくらい不変であると思えた。
「そういや今年の初夢でさ」
「富士山でも出てきたか」
「いやそんなんじゃないけどもっとアレだぞ。俺に子供が産まれてた」
「は?」
「多分、十年とか先だったと思う」
夢の中の速水は仕事をしていて結婚していて自分の家があって、そして子供が産まれたところだった。
「すごいリアルでさ。マジで感動してたわ」
「結婚相手はユミちゃんか」
「いや、よくは覚えてないけどユミじゃなかったな。誰か分からん」
「それユミちゃんには言わないほうがいいぞ」
西嶋が悪そうな顔で言って、速水も同じ顔で笑い返した。クラスの女子と仲良く喋っていたとか、「私より西嶋君の方が大事なんだ」とか言っては怒る彼女にその話をしたら、それだけできっと不機嫌になるだろう。
「でさ、ユミは出てこなかったんだけど」
「俺は出てきたか」
「隣に住んでた。しかもお前のとこも産まれたばっかりとかで同級生だなとか言ってさ」
「どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「自分でもビビるわ」
夢の中の速水は本当に幸せで、赤ん坊を抱いているのに重さも体温も感じなかったけれど、一人目は男だから二人目は女の子がいいなと思ったりと、やけに実感のある夢だった。
「しかも二人とも結婚相手が今の彼女じゃないってのがまた」
「変な夢見てんなよ」
「俺だってどうせなら芸能人と結婚する夢とかのがよかったっての。お前の顔なんて見飽きてるわ」
「お互い様だ」
今の彼女と結婚することは想像できないけれど、この長い付き合いの腐れ縁とは十年後も今と同じ関係だろうことは容易に想像できる。それは速水だけじゃなくて、西嶋も同じだろう。
「どんな大人になってんだろうな十年後の俺は」
「さあな」
どんな仕事をして、どんな女と出会って、どんな人生を送るんだろうか。できるならば両親が健在で、馬鹿騒ぎする友人たちがいて、とても大事な女がいて、そんな今の延長線上の先に未来があってほしいと速水は思った。
「正夢になんのかねちゃんと。結婚して、子供が生まれるって」
「なるんじゃねえの」
「そん時はちゃんとお前に報告するから、お前も俺に紹介しろよ」
「そんな先の話よりまずは卒業できんのか気にした方がいいだろ」
「それこそお互い様だっての」
顔を見合わせた二人は声を上げて笑った。
まだ若い青年たちの未来を祝福するように、終わりを告げるチャイムが鳴った。
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