俺達は君と生きていくよ

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俺達は君と生きていくよ

「全員がいい歳してさ、そんなボロボロ泣いて……恥ずかしくないの?」  揉みくちゃにされていることに文句を言いながらも、君は……ゾーイ・エマーソンは、俺達のことを引き剥がそうとはしなかった。  ゾーイが帰って来た、そんな奇跡を目の当たりにして、泣くなというのはあまりに非情だろうと思う。  俺達は、君に逢いたかったんだよ―― 「だっ、て……だって、だって! 二度と、絶対に! こ、こんな……こと、会えるなん、て……ううああああん!」 「ほんっっとによ! どこまでも、何年経っても、生まれ変わっても、お前って人間はどんだけ人騒がせなんだよ!?」  ソニアはゾーイに離さないとばかりに抱き着いて号泣し、望は大声でゾーイに悪態をついているのだがニヤける顔を隠しきれてはいなかった。 「ねえ、こうなるなら、あの涙の別れは何だったのさ?」 「しょうがないでしょ? すべては不可抗力よ!」  俺も散々泣きはらしたが、まずは何がどうなっているのかとゾーイに詰め寄ると、君は疲れた様子で語り始めた。  今のゾーイの現状だが、早い話がしたということだ。  そもそも、ゾーイが俺達についての記憶を取り戻したのは約一年前。  それまでは、名前もつけられなかった捨て子として必死に生きてきたが、ある時に頭を打って、それで記憶が戻ったと言うのだ。  おそらく、今の年齢は十八歳ぐらいだとも言っていた……五歳違いか。  そこから約一年かけて、俺達のことだとか、現状の空島を探りながら、前ほどの身体能力を手に入れようとトレーニングをしていた。  そして、普通に正体を打ち明けても面白くはないから、サプライズをしようと手紙を出したのだが、初っ端から臨戦態勢な恩を仇で返す俺達の薄情っぷりに感心したと、あの頃から衰えを知らない素晴らしい笑顔で告げられて……冷や汗が止まらない俺達である。 「いや、待て待て! それなら、とりあえず、それぞれに会いに来ればよかったじゃねえかよ!?」 「はあ? このあたしに、あんたらの無駄に敷居の高い職場に不法侵入して、檻にブチ込まれろって言うの?」 「そうは言ってねえ! 確かに、それぞれがあれだけど……俺の店なんて、気軽に来れる場所の極みだろ!?」 「え? 昔、仮にもベタ惚れしてた女に金落としてけって言うの? うわあ、これだから大人は嫌だわ」  とにかく、どうにかこの不穏な空気を変えなければと、俺達は悪くないだろうと主張するように、デルタが指摘する。  しかし、ゾーイの減らず口は生まれ変わっても健在であり、飛び出したその爆弾発言に、言われた本人のデルタを筆頭に、俺達は固まるしかなかった。  何だろうな……むしろ、パワーアップしてる気が? 「ゾーイ。一つ訂正しとくよ。どこかの誰かさん達が君のことを好きなのは、過去形じゃなくて、現在進行形だよ?」 「……は?」  そんな時にスマートにフォローをするのが、国王様々なサトルだ。  さあ、今回も華麗に場の空気を……と期待をした俺は間違いで、何ならゾーイよりも上の爆弾発言で、ゾーイは目を見開いて、望、アラン、デルタのことを凝視している……そして。 「初恋拗らせてるの? 同情するわ」  ゾーイは、言葉通りの同情のこもった瞳で、痛恨の一撃を食らわすのだった。  何でそんなに他人事になれるのと、機会があれば聞いてみようか…… 「サトルッッ……テメエエエ! 国王の慈悲はどこ行きやがった!?!?」 「ごめんな? 僕は正直、今ばっかりは友人として、旧友の行く末に胃を痛めることから解放されたいんだよ……平たく言うと、もう限界。三人それぞれ、拗れまくった恋心に決着つけて」  案の定、望は真っ赤な顔でブチ切れてサトルを追いかけ回してるが、サトルは言えてスッキリした顔をしている。  一方で、アランは目を逸らし、デルタは地面に膝をつき悶えてる。  まあ、サトルの言っていることは大正解であり、望、アラン、デルタの三人は揃って、ゾーイへの初恋を拗らせてた。  三人とも顔は文句なしだし、スペックは高いし、何だかんだで女の人に困ることはなかったのだが、これが本当に長続きしないのだ。  しかも、毎度紹介される子、写真を見せられる子のすべての共通点が、青い瞳と、ゴールドに近いブラウンの長い髪。  ゾーイの面影そのもので……別れた理由も本当にひどいものばかり。  本当にこればかりは、早急にどうにかしなければと、身内として、友人として思っていたから、まあ朗報だ。  三人とも、当たって砕けろだよ! 「はあ……あー、もう! それで、女王様? 私達に今度は、どんな無茶ぶりをさせようとしているのですか?」  そして、すっかり、空気が悪い方向に緩みまくったところで、ソニアが立て直そうとゾーイに問いかける。  そう、これが本題だ、ゾーイが俺達に安心させようという仏心で近寄ってきたとは、どうしても思えなかった。 「あ、そうそう! ねえ、誰か地上に行けるコネ持ってる奴いる?」  ほら、案の定、ゾーイには次に進む目標が決まっているんだ。  それに何となくだけど、君ならそう所望すると思っていた。 「ゾーイ! さすがだ! 仲間想いの君のことを信じていた! 地上のレオ、コタロウ、モカに会いに……!!」 「食に限界を感じた」 「……今、何と言ったか?」  待ってましたとばかりに、ハロルドが嬉々と言葉を続けようとしたのだが、それは虚しくも砕け散る。  思わず、見たこともないような真顔でゾーイに問いかけるほどには、ハロルドを含めた俺達は混乱していたのだ。  俺が思ってた、ゾーイのまた地上へ行きたいって動機とまるで違うのだが。 「改めて感じたんだけど、空島にある食べ物って味気なくない?」  そして、スラスラと話し出すゾーイの様子に、聞き間違いではなかったのだと悟るのだ。 「まあ、こんな面倒な事態になった理由はわかってんのよ! あの広大な自然で必死こいて捕まえたり、育てたりした新鮮さの極みの採れたての食材! あの美味さを知っているから、すっかり舌が肥えてるのよ! 忘れられないのよ!」  おまけに、これ以上ないほど饒舌に力を入れて話すゾーイの姿に、ただただ俺達は圧倒される。 「あ、あの、ゾーイ? ね、念のために聞くのだが……レオ、コタロウ、モカのことを忘れては?」 「あー、ついでに、そいつらにも会ってくればいいじゃないの」 「実に軽いな!? 軽すぎないか!?」  それでも、果敢にハロルドはビクビクしながらゾーイに、寝食を共にし、何度となく危機を乗り越えた仲間達の存在を確かめるのだが……  それに対するゾーイの返事は、もう不安しか残らないもので、あのハロルドが鋭いツッコミを入れるほどだ。  本気じゃないよな? あのゾーイ特有の遠回しの優しさだよな? 「クレア? 空島と地上の交流って、今どうなってるの?」 「え? あ、それなら! ちょうど来月に、地上と空島の交流を本格的にするための政策発表会見をする予定で……」 「そんな待てないわ。三日後にして」 「無理に決まってるでしょう!? 冗談だとしても言わないで!」 「あたしはいつだって、本気よ?」  俺達の荒ぶる心など露知らず、ゾーイはマイペースに話を進めていくのだ。  そんなゾーイの無茶ぶりだが、ある意味真面目で、きっちりクレアを通して正規の手順で地上に下りるのかと安心したのもつかの間……やっぱりゾーイはゾーイのままだった。  クレアの悲鳴のような叫びにゾーイはあっけらかんと返事をするのだから、気苦労が耐えないよな……  俺達は必死に、ここは空島だと、地上と違ってすでにルールがあると必死に説得をすると、しょうがないなとゾーイが呟いてくれたので、ああ伝わったと心でガッツポーズをしていた時だ。 「あんたら、稼いでるでしょ? 有り金全部はたいて、中心島買い取りな。中心島の持ち主になれば、どんな政策でも早急に打ち出せるでしょ?」  俺達はあの頃と変わらずに、ニヤリと笑う君に脱力するしかなかった。  それはまた、君に振り回される最高な日々の始まりだった。  神様――俺達に、ゾーイ・エマーソンを返してくれて、本当にありがとう。
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