ゾーイ・エマーソン

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ゾーイ・エマーソン

 その人物は、ゴールドに近い茶色で癖毛なのかウェーブがかったフワフワな髪を高い位置でポニーテールにして、両耳に三つずつピアスを開けていて、瞳は透き通るような青。  赤いパーカーに緑のタンクトップを合わせて、ダメージ加工の施された膝丈の短パンに黄色のブーツというどこか風変わりな格好だが、中性的で綺麗な顔立ちをした美少女だった。 「男が三人も廊下に座ってたらさ、どうしたのって聞きたくもなるじゃん?」 「ごめんね~、すぐどくよ! ほら、昴に弟くんも立って!」 「あ、ああ……望?」  サトルが弟くんと呼んだことに珍しく噛み付いていかない望が気になり、そっと顔を覗くが……  俺は見なかったことにした。  弟のこんな呆けた顔は十七年みっちりは一緒にいないが、とにかくそんな顔をした弟を俺は見たことがなかった。  心ここに在らずというか、狼の牙が抜けたとでも言うべきか……  とりあえず、黙って立たせとく。 「出会ったついでに教えてくれない?」 「どうかした?」 「何でこんなに、みんな慌ててるの?」 「あれ、警報が聞こえなかった?」 「へ? 待って……あたし、バタバタ走る足音で目が覚めたのよ⁉︎」  俺達はとりあえず廊下の端に寄り、他の生徒達が避難するのを見送る。  俺はサトルがその子からの質問に答える様子を見ていた。  どこの学科の子なんだろ? 新入生?  にしたって、こんな美少女がいれば噂は聞いてるはずなんだけどな……  その子はサトルの説明を、大人しく聞きながら何かを考えてるようだ。  美形って、本当に立ってるってだけで絵になるんだよな。 「つまり? 警報が突然鳴って、その原因もわからないってことね?」 「そう! さあ、君も避難を……」 「ありがとう! それじゃあね!」  すると、説明が終わった途端にその子はシェルターとは真逆の方にまた猛スピードで走り出す。  俺とサトルは呆気にとられるが、すぐに我に返ってその子を追いかけた。  あ、望を忘れた! けど、後ろで何か騒いでるし、追いかけてきてるし、俺はその子に追い付くことに集中しよう。  てか、待って、どういうこと? どこに行く気なんだ⁉︎ 「君! ちょっと、待って!」 「止まってくれ!」 「あれ、シェルターに避難しないの?」 「待って待って、君にその言葉をそっくり返すからね?」 「どこに行く気なんだ⁉︎」 「この空島のコックピットだけど?」 「え?」 「コックピットに? 何で?」  その子はまったくスピードを落とすことなく、俺達に話し始める。  というか、ちょっとどころかかなり走るの速くないか⁉︎  証拠にほら、俺より体力のあるはずの追い付いて来た望が息切れしてる。  俺を睨みつけてくるばかりで、暴言を吐く余裕もないほどに…… 「警報が鳴るなんて事態はナサニエルに侵入者が現れたか、コックピットに問題発生のどっちかよ! けれど、警報の内容の放送はコックピットからされる! それがないということは?」 「……コックピットに何かあった⁉︎」 「その通りよ、お兄さん」 「お、お兄さん?」 「さっきの会話聞いてたのよ、その子のお兄さんなんでしょ?」 「はあ、はあ……待てコラ‼︎ こんなの兄貴じゃねえよ‼︎」 「あら、そうなの?」 「えっと……」 「まあ、ちょっと複雑みたいで!」  シェルターに向かう生徒達を器用に避けながら、その子は走り続ける。  俺達は置いて行かれないようについて行くのに必死だ。  会話もはっきり言って疲れるからあまりしたくはないけど…… 「けど、あたし君達の名前知らないから他に呼びようがないし!」 「確かにね! 僕は雨野サトル、どうぞよろしくね!」 「あ、俺は澤木昴!」 「オッケー! それで、弟の君は?」 「……望だ」 「つまり、澤木望ってこと!」 「雨野、余計なこと言ってんな‼︎」 「サトルに、昴と望ね!」 「お前の名前は」 「望‼︎ 初対面だぞ、失礼だろ‼︎」 「口出すな‼︎」 「全然いいけど、君達仲悪いね~?」 「さっさと名乗れ‼︎」 「あたしは、ゾーイ・エマーソン! ゾーイって呼んでいいよ!」  これが、空島の運命を大きく変える鍵となる少女――ゾーイとの出会いだ。
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