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3・帰還
翌朝、彼らはホテルからチェックアウトして屋敷へ向う。ウィルソン卿が新聞で住所を残してくれたお陰で、辿り着くのも難しくなかった。
屋敷だけは昔と変わりはなかった。
綺麗に掃除されたタイルの道が階段を通って玄関へと延び、両側の庭は大きく広がり、全てが幾何学模様に飾られていた。寄せ植え花壇には其々ピンク色のシクラメンや芍薬、紫色のパンシービオラが植えられている。
自分たちの記憶の中の屋敷と全く変わらなかった。
高級貴族ほどトピアリーも、大理石の噴水も有ったりはしないが、それでも夢のような美しさだった。
彼らは敷き詰められた道を歩き、両面の庭に其々目をやりながらも玄関までたどり着く。
ローレは玄関の木製のドアのベルを鳴らした。
「やぁ、これはこれは、珍しくお客様だ、どちら様だね?」
扉が開くと、口髭を生やし、ワイン色のスーツを着た紳士が出てきた。
ブレンは妙に身震えを覚える。
姉は厳しい顔で目の前の紳士を睨みつけている。
「とぼけないで頂きたい」
姉はいきなり怒り出した。
「どうゆうことかね?」
紳士は不気味な笑顔を浮かぶ。
ブレンも姉の言葉に訳が追いつかず、困惑した顔で彼女を見つめた。
「私たちが来ることを想定して、庭の花を私たちの記憶通りにしたのはひと目でわかる。普段この屋敷に来る者は居ないのに庭は妙に綺麗だ。貴方は母ほど草花には興味ないでしょう。それに手下から名前を確認したに違いない、なぜなら私たちが昨夜泊まったのは、貴方様のホテルですから」
庭ならまだ庭師で言い訳できるが、ホテルとまで来ると紳士も言い逃れできないであろう。
ブレンは心から驚き、目を大きく開いて姉と紳士を交互に見た。
姉はあの時彼らの本名でチェックインしたのだろう。
やんわりと日差しが当たる玄関に殺伐とした空気が流れる。ブレンは臆病にも何も言えなかった。姉は例の目で紳士を凝視していた。
三人の体は暫く固まり、時は止まってしまっていた。
やがて、時は再び動き出し、ウィルソン卿はやれやれと肩をくすめる。
「降参だ。まさか本当に来るとは、驚いたよ。でも私は君だちが死んだとはとても思えなかったから、こうして呼んだよ」
先程とは違い、とても温厚でホッとした笑顔を見せた。
どうやら二人の帰還に感動しているようだ。
だがこの姉弟は虚しいことにも無感情である。
「私たちが何故生きてると確信したがはわからないが、」
姉は言葉を切り、
「なんで10年も経った今更俺らを呼んだんだ」
そして弟が後を続いた。
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