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やがて家の主が口を開いた。
「第一、なぜ誘拐した犯人が堂々と情報を渡すのだ。もし本当に誘拐したとしても、普通なら更に身代金を請求するはずだ。なのにその手紙にはお金ともかく、脅迫めいた文すらない。その人も本当に誘拐したか定かではない上に決めつけるのはまだ早い」
“探偵”の2人は大人しく主の命令に従った。彼女にはどうも逆らえられない。
「ならこれからどうする?お嬢」
ウィルソン卿は敬服して尋ねる。
「お昼だ」
質問の意味を捉え間違えた姉に、弟は思わずクスッと笑ってしまった。
「なら何かを食べに行こう」
ウィルソン卿は指摘することもなく微笑ましくそのまま流した。
たしかに時は既に12時を過ぎている。
彼らはタクシーで近くのレストランに出かけた。
タクシーの中で15分ほど沈黙とした気まずい時間を過ごし、出てきた頃のブレンはすでに苛立ちを覚えていた。狭い空間だったにも関わらず、煙草が吸い終わっていたからだった。
そしてお腹も空いている。
彼の目の前にはカリーブルスト(カレーソーセージ)と付き合わせのポメス(ポテト)が置かれた。思いっきり食べることが出来ず、マナー良く食べなければならないことに少し気に食わなかったが、それでも行儀よく食器を手に取った。
姉は昔と変わらずシュニッツェル(カツレツ)を頼んでいる。
ウィルソン卿はというと、酒に酔っているからか、食べかけのニュルンベルクソーセージを皿に置いたままにビールを片手にまだ16、7歳ばかりの彼らにこの10年間達成してきた偉業について自慢している。
ブレンはまだ興味ありげにマヨネーズのついたポメスを食べながら自慢話を聞いているが、姉は全く関心が出ず、冷めた顔で静かに食べていた。
やがて彼らはレストランを後にした。
「全く、この状況でよく酒なんか飲めたものだ」
ローレはタクシーの中で寝たウィルソン卿に愚痴つける。
「これから屋敷に戻ってなにする」
ブレンは姉の愚痴を無視した。ローレは少し考えてから、
「私たちに情報が足りない。戻って彼の話を聞こう。それと、出来れば当時のメイドたちの証言も」と冷淡に言った。
刑事のように事件を洗い直し始める姉に、ブレンはワクワクしている。このような推理ドラマーや小説でしか見られないような事を今からしに行くのだ。
主人公であることを自覚したブレンは必死に興奮を抑えていた。
ただ心の中では既に“楽しくなって来たじゃねぇか。”と囁いている。
そんな顔にも出るほどのワクワクに姉はすぐに見破った。
「忘れるな、私たちの両親は言わば生死の境だ。私たちにとっても危険である事かもしれない。ここは推理ドラマーの世界ではないのだからな」
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