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ブレンには心当たりがあった。
でも言葉は排水管に詰まった水のように出て来れない。
数十名が一斉にリビングルームから序列良く出た。
「貴方達まだ朝ご飯食べてなかったわね?こんなことが起きてからでは食欲があるかどうかはわからないけど、無かったら無理しなくていいですからね!」
こんなことが起きていようが、クレアはいつものクレア。
動揺を見せずに仕事を熟せていた。
冬日の陽光は高くて長い掃き出し窓を貫き通してダイニングルームに照り渡る。
その暖かさは暖炉が代わりに補う。
照らされていない陰影がより目立ち、ここだけは殺人事件が起きたとは思えないほんわかした日常的な雰囲気が漂う場所である。
「昨日まであんなに生き生きとしていたのに、あれが最後になるなんて」
クレアは硬くて冷たいブロートヒェン(白い大型パン)の断面にジャムを塗りながら悲しみに暮れる。
ブレンは、自分で何層も作る事を嫌がり、できれば作り終わってから運んできて欲しいと面倒くなっている。今は7時だが、あと2時間ほどしたらもう1回朝食を取り掛からないとと思うと、もっと嫌気がさす。
会話を全く耳にせず、彼は既にチーズを被せたミッシュブロート(小麦粉とライ麦粉を同じ分量使用したパン)に下手に千切ったハムを載せることで忙しい。
「そんなことを今言わないでよ、食べる気失せるわ」
サラは半熟した茹で卵の上部を殻ごとナイフで切っていた。
「そうですよ。嫌な事を話すのはせめて後にしましょう?」
レイラも共感して同調する。
彼女はパンを忌み嫌っていたので、農夫の朝食との名があるバウエルン・フリューシュトゥック(ドイツ風オムレツ)を食べている。
「ごめんなさいね、私ったら。気分転換にこの間マルクト広場に出かけた時のお話でもするわ」
小一時間クレアの長話が続く中、メイド2人はクレアの話に視線を釘付けていたが、黒天使2人は興味も湧くことなくそれぞれの事で一生懸命だった。
ブレンは2個目のミッシュブロートの野菜載せに取り掛かっていて、ローレはプファンクーヘン(パンケーキ)を口にして頭の中で犯人を推理している。
「そう言えばウィルソン様はどちらに?」
今やっと彼の存在を思い出すサラ。
彼女はもう殻を切り終えて黄身をスプーンですくっているところだった。
「ここで食べる気分じゃないからって出ていったわ。でも仕方ないよねこんな事が起きたからには」
そう言ってクレアは黒天使達の方に顔を向く。
「食べられそう?もし飲み物足りなかったら言ってくださいね、まだ有りますから」
ブレンは目の前のMilch (牛乳)をチラ見する。
何も飲む気にも、食べる気にもならないが、それでもなにか食べなくてはならない。
姉は何も起きてないような優雅な姿勢でコーヒーカップを持っている。
「いいえ、大丈夫」
そして姉が返事してコーヒーを啜る姉の横顔を悩ましい目で見守る。
両親もあのようにもう消されたのかも知れない。
いくら姉さんが強くても、殺人鬼には勝てるのか?
犯人はやはりアイツか?
でもこういうは大体メイドが怪しい。
それとも共犯がいる、或いは脅迫された?
この中の誰が裏切り者だ?
人狼ゲームは好きではなかった。
彼は姉のように人狼を探り当てるよりも、仕留める方が得意。
ブレンは疑念を詰め込めたミッシュブロートを口に入れた。
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