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「痴情のもつれ」
「え?」
「なんだそれは」
「見た限り、お母さんへの愛情のもつれでしょう」
「そんな…」
「じゃあ、母さんだけ残して俺らを消し飛ばそうとしてんのか?」
「さぁ…お母さんまで残してくれるかどうか」
「だったらお前が言う『そっくりお返し』ってもんを味あわせてやらんとな」
「馬鹿な企みは辞めるんだ、何度言ったら分かる」
「やはり…警察に行った方が安全かと」
「そうね、でもそれだけでは物的証拠も足りないし、それに、お母さんたちの行方も教えてくれるとは思えない」
ローレにはよく分かっていた。自分達の両親が今まだ生きている事。そして危険に晒されている事。
自分達も含めて彼に消され、一家心中と思われていたものが現実のものとなりかねない。
姉としてなのに強いと言われたらそうでも無い。
彼女だって誰にでも屈強に見える鎧を脱げば玻璃の生身が剥き出しになる。
冷徹と感じられても両親に関する悪い夢を見て起き上がった夜だってある。よく弟にバレないよう昔の家族写真を眺めては静かに泣いていた。
自分は弟が感じているほど強い姉ではないのを自覚していても、こんな怖いもの知らずな弟に先頭を任せる訳には行けない。自分の感情を殺してまでも厳格を貫こうとするのも、鎧の中にある弱い中身を弟にさらけ出したくないからでもあった。
「こうなったら誘拐したのアイツじゃねぇかよ、いや、待って、どういうことだ?」
「そもそも誘拐犯のパーティに行くのですか?私がもし知ってたら絶対に行きませんわ、それに誘拐犯に自分の屋敷の鍵など渡したりしません」
「お母さんは誘拐されることを予知していたから、何か意図がある筈」
「なんか日記に俺たちが消えれば裏切り者が分かるみたいな事が書いてあったけど」
「私も『裏切り者は何れ自分で消えてくれるわ』なんて言われたことありました」
「それがルーシの殺害か?」
「なるほど、そこまで読めての失踪か」
「俺らの母さん、あの目にそんな予知能力あったんだな」
「違う、これは計画的だろう」
「母さん、ルーシを消したかったのか?」
「でもこれでは失踪の理由が説明つかない」
「どうして10年も開けてからなんでしょうね…」
「悪い話、そんないつだって出来たわけだからな」
「それに祖父の死、もし脅迫状を送り付けたのが本当にルーシだとしても、どうして本人が亡くなった後も送る必要があったのか」
「後アイツが言った、フランスの目撃者、アレ結局どうなん?」
「アレなら偽造と片付けても良いが」
「ごちゃごちゃで分からねぇな、んなの別々ならいいのに」
「そうか、それなら…でも…」
どうやらローレにだけ真相が見えたようだ。
「何か分かった見てぇだけど、これからどうすんだ」
「真相に近いものなら…ただ、自分の推理信じていいのか分からぬ。もっと裏付けるものがなければ」
「もしかして、事件が解けたのですか?!」
「俺の姉さん天才だろ?」
「もちろん凄いです!」
いつものローレなら心の中で照れながらも冷ややかな態度で突っ込むのが、今ではそれほどの余裕も失い、聞き耳すら立てていなかった。
彼女は全てを疑った。
自分の推理も、あのウィルソン卿も、既に永遠の眠りについたメイドも、自分の母親さえも―。
母は本当に優しかった。でもそんな母もあの家族の一人娘、元々劇団員としての経験もある事で演技力に長けていた。もしかしたら全てが演技であるのかもしれない。本当は愛情は無く、失踪を利用して自分達を捨てたのかもしれない。今となってはそのようにも思えてくるのだ。
でも、逆にもし愛情が元からないなら、母はとっくに妊娠した時点から堕胎している。ローレ自身は絶対にやりたくないが、あの家族の子供ならそうしたって何の感情も残されない。
やがて、なんとか疑心暗鬼の世界から朦朧と現実に戻ってきた彼女は、「今何か言ったか?」といったような目で二人をキョロキョロと見つめ返した。
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