芽生えた気持ち

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 真白はたまっていた涙を流すように泣きじゃくった後、立ち上がろうとしてよろめいた。  過度な暴行のショックと過労がたたり熱を出したのだ。  帰ろうとして無理して立ち上がろうとする真白を引きとめ、樹は強引にベッドに寝かせた。  幸い明日は休日だ。  樹は真白の凄絶な話を聞いた後、改めて自身の今までの甘さに気づかされた。  高坂家は父も兄も一流企業に勤めるエリート一家だ。  成績優秀な兄と活発で器用な妹に挟まれて、樹は常に周囲に比較され続けてきた。  容姿も母方の祖父譲りの隔世遺伝で、家族とはあまり似ていない。  涼しげな一重だがはっきりとした目元と、178センチの平均より長身のスタイルは健康的なイケメンだと評価されることもある。  しかし、彫りの深い顔立ちで貴公子的な甘いビジュアルの兄や、人形のように華やかな美少女の妹と並ぶと、平凡に見えてしまうのだ。  決してないがしろにされてきたわけではない。  しかし、そんな家族の中にいると、自分は本当にこの家族と血の繋がりがあるのか疑問に思い疎外感に苛まれてしまう。   そんな樹にも夢中になれるものを見つけた。  友人から誘われ空手を始めたところ、素質があると評価された。  練習は厳しかったが、努力の結果、県大会で優勝するほどになり、女子からももてるようになり充実した毎日を過ごしていた。    今の高校も、空手部が有力な学校だからこそ選んだのだ。   練習は以前に輪をかけた過酷さであり、先輩後輩の上下関係も厳しかったが、それでも目標に向けて努力することを楽しんでいた。  しかし、突然の出来事に燃えていた炎は消えることになる。  初めての練習試合の最中にアキレス腱を切ってしまい、手術を余儀なくされたのだ。  空手をするのはしばらく危険だと告げられ、復帰のめどが立たない。  目標を失った樹は、その日から自堕落な生活を送るようになった。  学校だけはきちんと行ったが、食べて寝てゲームをするだけ、兄にも咎められたが、脱け殻になった心には何も届かない。  次第に友人と話すこともなくなり、孤立するようになっていった。  自分が運の悪い不幸な人間と思い込むようになったことで、負のオーラを漂わせていたのだろう。    
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