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 あっというまに夕方になった。  重い躰に鞭打って、俺は診療所の扉をくぐった。食欲はほとんどなかったが、ここにくる前に、とりあえず、ざるそばを胃袋におさめた。  (よど)んだ頭のまま、この仕事をすることほど苦しいことはない。俺自身が疲弊しているのに、さらに疲弊した患者を診察するのだ。それはまさに無謀な行為だ。  こんな状態が続くようならば、本気で診察を休むことを考えねばならない。小さい診療所ながらも看護師や事務員を雇い入れている関係上、あまり無責任なことはできない。とり急ぎ大学時代の恩師に相談してみよう。  俺以外のドクターが見つかれば、少なくとも週二回の割合で、この診療所に入ってもらいたい。そしてそのあいだ、俺はゆっくりと眠ろう。  俺の診療所の休診日は週一回きりだ。それにプラスしてさらに二日間の休みがとれれば、とり急ぎ急場は凌げるだろう。そこで一気にリフレッシュだ。  いずれにしても今日の俺は、かなりイライラしている。言葉数は少なく、愛想が悪い。ただでさえ不安を抱えている患者たちは、随分と憂鬱な気持ちになったに違いない。  最初のふたりの患者には、そっけない返答をし、そうそうに診断を済ませた。俺は見るからにぞんざいな素振りを露呈させ、患者らと対峙した。  それは3人目の患者の問診を行っているときに起こった。彼女はもう俺の診療所に半年ほど通っている。名前は伊藤由香(いとうゆか)。歌舞伎町のキャバクラで働く二十代前半の女だった。
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