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優紀は鬼崎の腕を握ると半ば強引に自分の店へと誘った。
「ああ……でも……でも」
逡巡する鬼崎に、優紀は「いいから、いいから」と声をかけ、ついには彼をSilver Moonのなかに引っ張りこんだ。
仕方なくカウンターの一番奥に座らされた鬼崎は手持無沙汰なまま、俯いていた。優紀は一見客である鬼崎の脂汗を横目で見つつ、彼のためにナッツを用意している。
「ごめんなさいね、なんだか無理やり引っ張ってきちゃって」
優紀がニコリと笑う。すっかり大人の女となった優紀、しかし鬼崎はその姿を直視することができなかった。
「なにか呑まれます?」
優紀の問いかけに、鬼崎はしどろもどろとなり「あっ、じゃあビールをください……」と呟いた。滅法、酒に弱い鬼崎は普段、酒類を摂取することはない。ただ彼は、こんな場でソフトドリンクを頼むことが恥ずかしくて仕方なかった。
そんな鬼崎を観察していた優紀がおもむろに「お客さん、東京の方?」と尋ねた。
ついにきた――鬼崎はドキリとした。正体がばれたらどうしよう、鬼崎は不安でいっぱいになった。
「あ……その……なんというか、出身は東北だけど……いまは都内に住んでます」
いまだ優紀を直視できない鬼崎は、はにかむとまた俯いてしまった。
優紀はクスっと笑うと「そうなんですね、私も東北出身なんですよ」と優しく応えた。
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